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独り言 Archive
ワークショップ:多久2010に行ってきました
----------**内容**----------
ワークショップ:多久2010
築炉
熱効率の良い穴窯
目的:佐賀県・外国間の国際交流。特に焼き物に関する発想や知識の交換。
場所:五反林窯 多久市、西の原2048-1
期日:2010年10月 15日~22日
宿泊: タンポポの家
参加費: \64,000
(七日間の宿泊費・食事費(昼食、お酒除く)・材料費・指導料・講演料・交通費全て込み)
**宿泊費及び食費がワークショップ費用に含まれていること、また国際交流促進の観点
からも、必須ではありませんが、ワークショップグループの皆様とご一緒に『タンポポの家』に滞在されることを強くお勧めいたします。
ワークショップ内容・指導について:
クレーグ エドワーズ
40年の陶暦を持つ米国・ミネソタ州の陶芸家・築炉師
クレーグさんの設計と指導で穴窯・登り窯のハイブリッド窯を築窯する。
鶴田 純久
30年の陶暦を持つ唐津焼の陶芸家
ワークショップ期日内、唐津焼の技法による一日の研修会(ミニワークシ
ョップ)を行う。
ワークショップ対象者:築炉・唐津焼・外国の陶芸家との交流に興味のある方。
現時点ではカナダ、アメリカ、香港、オーストラリアからの陶芸家の参加を予定しております。
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やはり外国の方が多く、国内からの参加が少なく残念でした。
夜遅くまでの作業とのことで、参加者の熱心さが伝わってきます。
知人より孫への京都のお土産 金平糖
知人より孫へのお土産で京都の金平糖を頂きました。
抹茶を頂くときに振り出しより出てくる金平糖で、孫もむずむず食べていました。
歴史的にも面白そうなので作られているお店のホームページをと思いアップしました。
創業弘化四年 緑寿庵清水の金平糖
京都でただ一軒、伝統を守り続けた本当の味「ポルトガルから来た金平糖」
金平糖は、一五四九年ポルトガルからもたらされた異国の品々のひとつで、中でもひときわ美しく人々の目を引いたというお菓子でした。当時はとても珍しく貴重な品とされ、製造法はいっさい秘密でした。織田信長も宣教師から贈られたとされています。
日本で金平糖がつくられるようになったのは、長崎をはじめ、京都・江戸と広まって、それ以降皆様に親しまれる様になりました。
「日本でただ一軒。金平糖の専門店」
金平糖づくりにはレシピがなく、砂糖の金平糖が作れる様になるのに二十年かかると言われています。まして天然素材を加えると砂糖が結晶しない事を緑寿庵清水は常識をくつがえし、豊富な色彩と風味の逸品をお届けできる、日本で一軒の金平糖専門店でございます。
◆御引出物の由来◆
日本では古来より皇室での引出物は金平糖です。それは一昼夜にして出来るものではなく、職人が二週間以上かけて根気よく愛情を注ぎ、作り上げるその工程は、家庭を築き上げていくお二人の姿にも、また育ててきた親心にも良く似ています。手塩に掛けた金平糖は誠におめでたさお品かと存じます。
http://www.konpeito.co.jp/syouhin.html
今年もハブ茶(エビスグサ)が所構わずといった感じで元気出しています。
今年もハブ茶(エビスグサ)が所かまわずといった感じで元気出しています。
ハブ茶はエビスグサ(夷草)を原料とする健康茶である。エビスグサは北米原産のマメ科の一年草で、別名決明、ロッカクソウともいう。長さ15~20cmの豆果一つから30粒あまりの小豆大の種子が採れるが、これを漢方では決明子と呼び、種々の眼病、習慣性便秘、高血圧、肝炎、脚気、浮腫などに用いる。わが国ではこれを麦茶のように焙じてハブ茶(波布茶)といい、健康増進と強壮、肝臓と腎臓を強くするとして愛飲するが、マムシ毒にも効くといわれ、これがハブ茶の名の由来である。
佐賀地方には昔よりよく言い伝わる言葉がある。
「サガンモンのとおた後には草木も生えん。」
この言葉の意味には次のことが示される。
田や畑は作物を育てるが、その畦などを大事にし草を刈って生命力の強いエビスグサなどを育て土地を粗末にしないという意味だそうです。
この植物生命力が強くいろんなところより芽が出てよく育ちよく実がつきます。
旧高取邸 唐津市
5月3日、広島からお見えのお客さんと唐津市の旧高取邸へ行ってきました。
旧高取邸は、炭鉱王と知られ明治18年頃より数々の炭鉱を開いて石炭産業をリードした高取伊好(たかとりこれよし 1850~1927)の邸宅で、唐津城の西側の海岸沿いに約2300坪ほどの広大な敷地に建てられ、平成十年に国の重傷文化財の指定を受けています。
唐津城
唐津城へ行ってきました。
唐津城の歴史など
唐津城は慶長十三年(一六〇八年)に完成した平山城です。城を築いた寺沢志摩守広高は豊臣秀吉の側近で、築城には名護屋城の解体資材を用いたといわれています。
城は本丸・二ノ丸・三ノ丸・外曲輪に分かれ、本丸には天守台、二ノ丸には藩主の住居と藩庁があり、三ノ丸にはほとんどの藩士が住み、外曲輪には町人が住居し町奉行がおかれていました。
城には寺沢氏以後は代々譜代の大久保・松平・土井・水野・小笠原の譜代が入城しました。寺沢氏の一二万三千石で始まり、廃藩前には六万石でした。明治十年から本丸跡は現在の舞鶴公園として一般に開放され、藩主の住居跡は高校敷地になっています。
周囲約一キロ、面積四・三ヘクタール、海抜四十三メートルにそびえる現在の唐津城天守閣は天守台跡に慶長様式で、文化観光施設として昭和四十一年に完成したものです。天守閣は五層五階、地下一階で博物館、展望所等があり、展望所からは松浦潟の全景が一望におさめられます。また唐津城は別名舞鶴城ともいわれ、観光唐津のシンボルとして皆様に親しまれております。
古唐津窯跡視察に参加
先日、2010年3月7日(日曜日)
古唐津の窯跡視察および盗掘跡埋め戻し作業に参加してきました。
唐津の陶芸家 栗原流石氏のお誘いで
伊万里市文化財保護課・地元地権者さん・古唐津研究交流会とともに
阿房谷下窯跡・市ノ瀬高麗神窯跡・権現谷高麗神窯跡・徒幾ノ川内窯跡等の
窯跡視察及び盗掘現場の警告看板設置・埋め戻し作業を手伝ってきました。
昔、いろんな所を回ったつもりでしたが今回の窯跡は初めての所ばかりでした。
いろんな意味での勉強をさせていただきました。
私の若い頃はそう厳し無く、ちょくちょく出かけては陶片を採取し勉強したものですが、
これからの人はかんたんには陶片が視れないようになり残念ですね。
手続きを踏めばよいとのことですが・・・
ハブ茶(エビスグサ)
ハブ茶(エビスグサ)
ハブ茶はエビスグサ(夷草)を原料とする健康茶である。エビスグサは北米原産のマメ科の一年草で、別名決明、ロッカクソウともいう。長さ15~20cmの豆果一つから30粒あまりの小豆大の種子が採れるが、これを漢方では決明子と呼び、種々の眼病、習慣性便秘、高血圧、肝炎、脚気、浮腫などに用いる。わが国ではこれを麦茶のように焙じてハブ茶(波布茶)といい、健康増進と強壮、肝臓と腎臓を強くするとして愛飲するが、マムシ毒にも効くといわれ、これがハブ茶の名の由来である。
佐賀地方には昔よりよく言い伝わる言葉がある。
「サガンモンのとおた後には草木も生えん。」
この言葉の意味には次のことが示される。
田や畑は作物を育てるが、その畦などを草を刈って生命力の強いエビスグサなどを育て土地を粗末にしないという意味だそうです。
この植物生命力が強くいろんなところより芽が出てよく育ちよく実がつきます。
ピザパーティー
マイクさんの所でピザパーティー。
オーストラリアからのお客さんロバートを迎えての会でした。
オーブンで焼くより美味しいと好評のマイク自作のピザ窯。
お客さん(青いシャツ)のロバート「Robert Davies」は40年のサーファー歴。
4月にメンタウィ に行ってきたとのこと。その様子。
佐賀県藤津郡太良町のみかん
昨年より佐賀県藤津郡太良町の道の駅で十数軒より出店してあるみかんの試食で
一番美味しいと思った農家に訪て行きみかんを分けて頂きました。
そこのみかん農家のホームページもありましたので、ご紹介します。
果樹園 みかんの木
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