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鶴田 純久の章 お話

大名物
所蔵:東京国立博物館
高さ:9.0cm 口径:15.1cm 高台外径:5.6cm 同高さ:1.6cm

 かつて織田有楽斎が所持していたところからその名のある有楽井戸は、大井戸としては喜左衛門・筒井筒・細川に次いで名碗といわれていますが、細川の優雅さに対して、これは渋く重厚味のある茶碗で、記録に、有楽斎が牧渓の四睡図と取り合わせて用いたと伝えるのは、いかにもと思われます。よく野武士の風格があると評されますが、たしかにそうした趣はあっても、けっして品格は低くなく、なかなかの量感をもっています。
 全体にかかった粕薬が、どちらかといえば筒井筒や細川のように明るい枇杷色ではなく、灰褐色をおびて渋い色調であるため、そう評されるのでしょう。
 形態はなかなか端正で、高台ぎわから口辺にかけて、まことに素直な立ちあがりをみせ、胴の上部でややふくらんで、口辺は少海外にそり気味です。全体の厚みはやや分厚く、したがって手取りも、形状のわりに重いように感じます。
 梅花皮(かいらぎ)は高台ぎわの削り跡には鋭く.高台の立ちあがりでは細かく.二様に変化して味わい深いです。
 見込みには目あとがほぼ四ヵ所に残り、中央がI段とくぽんでいます。けっして派手な趣の茶碗ではありませんが、落ち着きのあるあたかもいぶし銀のごとき味は.いかにも有楽斎所持にふさわしい名碗といえます。
『有楽亭茶湯日記』には、慶長十七年、次のような次第で、この茶碗を茶会に用いたことがしるされています。
慶長十七年六月十六日昼茶会 主 織田有楽   客 長野内蔵丞 大堀左馬助 佐治与九郎
懸物 四睡
花入 京都 白蓮入
茶入 玉垣文琳 内赤盆に
茶碗 井戸茶碗
とあって、彼の秘蔵であった玉垣文琳とともに用いられたのでした。床の軸は、後に水戸徳川家に伝わった、牧渓筆の四睡図と推察されます。
 有楽斎の没後、どのような伝来をへたか判然としませんが、のちに紀国屋文左衛門の蔵となっていたらしく、『古今名物類聚』に「有楽井戸 紀国屋文左衛門」とあります。そのときに箱の蓋裏の「有楽 井戸」の金銀粉書が、英一蝶によって書かれたと伝えています。さらに、諸所を転伝し、幕末に江戸の仙波太郎右衛門、さらに薩摩の人、伊集院兼常に伝わり、明治に至って大阪の藤田彦三郎の蔵となりました。そしてざらに藤田家の入札のとき、松永安左エ門氏の所持となり、松永氏から昭和二十五年に東京国立博物館に寄贈されました。
 袋は花色段織雲鶴文銀人の錦で、内箱の袋に経糸色段織蜀杷が用いられています。箱の袋は藤田家で調製させたものと思われます。
(林屋晴三)

有楽井戸 うらくいど

織田有楽斎が所持したのでこの名があります。
規模の雄大な茶碗であります。
有楽のあと紀伊国屋文左衛門の所持となり、諸家を転伝し仙波太郎左衛門、伊集院兼常、藤田家を経て松永家に入りました。
現在は東京国立博物館所蔵。
(『大正名器鑑』)

有楽井戸 うらくいど

井戸茶碗。
大名物。名物手。
数ある大井戸茶碗のうちでも、最も静かな雰囲気をもつ茶碗である。
細かい貫大の、枇杷色の釉が腰までかかり、腰以下、高台周りは荒くかいらぎが現われて、その対比が絶妙である。
かいらぎの荒さから、一部は釉が落ちるほどで、高台周りの茶情は一大深いものがある。
内部には目が四つあり、外側にゆるい轆轤目が低く波うっている。
【付属物】内箱-黒塗、金銀粉字形・書付英一蝶筆 外箱-春慶塗【伝来】織田有楽-紀国屋文左衛門-仙波太郎左衛門-伊集院兼常-藤田家-松永耳庵
【寸法】高さ9.0~9.2 口径15.1 高台径5.4 同高さ1.5 重さ450
【所蔵】東京国立博物館

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