イスラム陶器 いすらむとうき Islam

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鶴田 純久の章 お話

イスラム美術の一環としてみられる陶器美術。
イスラム教を始めたマホメットの時代すなわち七世紀前半から十七、八世紀頃まで、イスラムの世界に栄えた美術工芸品の一つにイスラム陶器があります。
イスラム美術はサラセン美術とかモール美術などと呼ばれることがありますが、それらはヨーロッパからの呼称で狭義のものでしかないようです。
そこで次第にイスラム美術の語が用いられるようになってきました。
イスラム圏は東南アジアからアフリカ諸国・スペイン・モロッコにまで及んでいますが、イスラム美術という場合は、パキスタンから西、地中海沿岸のイスラム圏のものをいいます。
イスラムは聖典『コーラン』によってすべての生活文化を統一しましたが、諸民族の文化の独自性はその間に発揮されました。
イスラム美術の特徴として、文様におけるアラベスクなど幾何学文の使用と、生物の具体表現の禁止がありますが、イランについては必ずしもあてはまらないようです。
イランの陶器にはデザインに人像や動物像を用いたものはいくらもありますが、これらはササン朝文化の影響とみられます。
イスラムの聖堂のモスクは美しいタイルで装飾されることが多いですが、これらにはイスラム陶器のすぐれた技巧が十分に示されています。
またモスク内部には礼拝する際のメ。
カの方向を表すミハラーブがありますが、この装飾にもタイルが使われることが多く、コーランの聖句を記すことが多いようです。
コーランに取材した文字を文様として用いるのはイスラム美術の特色で、陶器にも多くの例がみられます。
イスラム陶器が発展する前提には、東のササン系、西のシリアービザンチン系の技法がありました。
錫を用いた白釉、コバルトや銅の使用による青の発色、ラスター釉、青緑のアルカリ釉、金属を混ぜて赤・黄・褐色を発色させること、型押しにしたのち緑釉を掛ける装飾、三彩風の色釉の使用などがそれであります。
これらを基礎として華麗なイスラム陶器が生産されました。
透明釉の下に絵付する釉下加彩の方法も、イスラム陶器の世界で発見されたとみる考えもあります。
十一世紀頃には中国陶磁との交流も多く、特にモンゴルの西進以後は中国陶磁の影響が強くなりました。
十六世紀末にサファビー朝のアッバス一世は、中国から多くの工人を招いて製陶に当たらせ、青絵風・赤絵風・染め付け風の陶器が多くつくられました。
その一部はバタビア経由でヨーロッパに輸出され、約二十五年間に毎年平均1500個を輸出しました。
どれも中国風の文様でありました。
しかし磁器と陶器の差、量的な少数さで、中国風イスラム陶器は中国磁器とヨーロッパ市場を争うには至りませんでした。
一方イスラム陶器のデザインが逆に中国に影響したこども認められます。
器物の表面空間を幾何学的に正確に分割し、隙間のない程ぎっしりと文様が埋めた元・明の染め付けのデザインは、イスラム陶器にみられる感覚に似ています。
また奉寿とか万年無窮といった瑞祥文字を文様とすることも、聖句を文様とするイスラム陶器の影響ともみられます。

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