あ行 agyou

瀬戸黒 茶碗 銘小原木 094

高さ8.8cm 口径10.2cm 高台径5.0cm 瀬戸黒茶碗の代表作としてやかましいもので、利休所持と伝えられています。瀬戸黒には筒茶碗は少なく、管見のかぎりではこの茶碗と「冬の夜」「日松」ほか一、二を知るのみでありま

粟田焼 あわたやき

京都粟田(東山区)付近の陶器の総称。近代では清水焼が磁器を主とするのに対し、粟田焼は陶器を主としています。粟田口焼が最も古く、その他岩倉山・錦光山・丹山・宝山・帯山などが著名であります。色絵にすぐれ、多くは茶器であります

伊木肩衝 いきかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。もと伊木氏が所持していたところからこの名があります。大疵物ではあるが口が締まっているため品位が非常に高く、漢作の中で一種独特の形式を具えた茶入であります。もと豊臣秀吉が所蔵していたものを、伊木七郎右

粟田口焼 あわたぐちやき

京都粟田口の陶器。元和(1615-24)あるいは寛永(1624-44)初年に瀬戸の陶工三文字屋九右衛門が京都に来て粟田口三条通り蹴上(東山区)に築窯し、その子庄右衛門・助右衛門および弟子徳右衛門らと共に製陶したのが粟田口

有馬筆 ありまふで

名物型物香合の一つ。呉須。小さい角形で前後に漁樵、左右に竹の文様があります。上のつまみには人形があります。兵庫県有馬産の筆で逆さにすると釉から小さな人形のようなものが出てくるものがありますが、香合のつまみがその人形の形に

鮟鱇茶入 あんこうちゃいれ

唐物茶入の一手。口が広いのでこの名があります。中興名物で鮟鱇の銘の茶入は、もと小堀遠州の第一の秘蔵品であったのを酒井修理大夫忠直が懇望して譲り受け、それ以来同家に伝来し酒井鮫鯨として世間に知られています。(『茶器弁玉集』

有田焼 ありたやき

肥前国(佐賀県)有田の磁器。西松浦郡有田町を中心として、文禄・慶長の役(1592-8)後発見された有田泉山の原料によるもので、わが国最初の磁器であります。昔製品の大部分が伊万里港を経て搬出されましたので、伊万里焼とも呼ば

荒木高麗 あらきごうらい

大名物。朝鮮茶碗、高麗。荒木摂津守村重が所持していたところからこの名があります。一見安南茶碗のようでありますが、釉が柔らかく特に内部に井戸茶碗のような白釉なだれがあるのは高麗茶碗の特色とみられます。もと利休が所持し、荒木

編笠 あみがさ

茶碗の形が歪んで編笠状をしたものです。朝鮮産刷毛目茶碗にこれがあります。本当はできそこないの品であるが茶味があるとして珍重されます。『大正名器鑑』には編笠の銘のある朝鮮刷毛目茶碗二個を収録しています。

雨宿芋子 あまやどりいものこ

中興名物。古瀬戸芋子茶入。銘の由来は明らかでないようです。大佗びづくりで小振り、茶味の深い茶入であります。もと小堀遠州か所持し、木屋庄八、舟橋某、京都の三井家を経て、しばらく伝来不明ののち岩崎家の所有となりました。(『大

尼呉器 あまごき

朝鮮産呉器茶碗の一種。かつて朝鮮の使節がわが国に来た時、京都鷹ヶ峰(北区)の尼寺薬師院に宿泊した女性たちが朝夕使った飯茶碗。大徳寺呉器に比べて小振りで丈が低く、丈に比べて口径か割合に広く、蒼黒味がかった黄色の釉が掛かって