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やきもの

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浅野焼 あさのやき

加賀国(石川県)の楽焼。初代大樋長左衛門の弟子浅野屋五平が金沢の浅野川のほとりでつくったものです。黒{一mmm}釉および飴釉のものがあるが1作品は非常に少ないといわれます。(『陶器類集』『日本陶器目録』『日本陶甕史』『九谷陶磁史』)
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赤呉須 あかごす

赤絵呉須の略称。※ごすあかえ
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赤松真 あかまつまこと

讃岐国(香川県)の志度焼の陶工。字は右橘、号は魯仙、別号湘江斎。赤松光信の長男。父の技を受け継いで種々の陶器をつくり、のち香川郡宮脇村(高松市宮脇町)に移り、ときどき高松藩主の命を受けて諸侯への贈呈品をつくりました。陶浜はその子であります。...
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赤坂 あかさか

美濃国(岐阜県)赤坂焼(温故焼の別称)の銘。「近年赤坂において日常器具として持ちのよい光沢のある釉を施した陶器を作成し産地の名を取って銘としたもの」とモースはいっています。(『日本陶器目録』)※おんこやき
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上野梶右衛門 あがのかじえもん

肥後国(熊本県)松尾焼の創始者。八代の高田焼の上野家の一門で、1778年(安永七)に託摩郡上松尾村字甲塚(熊本市松尾町上松尾)に移り飲食器などの製陶業を始めました。(『日本近世窯業史』)※まつおやき
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赤松光信 あかまつみつのぶ

志度焼の陶工。讃岐国三木郡志度浦(香川県さぬき市)の人。字は田夫、号は松山、通称五番屋伊助。1755年(宝暦五)平賀源内に釉法を学び交趾焼を模して製陶。1781年(天明元)富田金山の麓に窯を移して南京染付をもつくりましたが、これを弟子の藤蔵...
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赤坂焼 あかさかやき

筑後国八女郡羽犬塚村大字蔵敷字赤坂(福岡県筑後市羽犬塚)の産。同地の次郎吉という者が開窯したと伝えられるが年代不詳。一時途絶えたがのち藩の命令により三原富次がこれを再興、その後は当時の陶工緒方次助の子孫が経営。(『茶わん』五六)
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赤野窯 あかのがま

高知県安芸郡赤野村(安芸市赤野)の窯。1882年(明治一五)に同村の田村久太郎が開業し、自村の赤土を使って日常品の陶器をつくりました。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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赤丸雪山 あかまるせつざん

加賀国(石川県)金沢の陶画工。1865年(慶応元)高山嵩山と計画して工場を設け、能美郡の陶画工を募集して共に赤絵器を製出しました。1872年(明治五)に分離して自家に工場を開き、雪山堂と称し陶画工四十余名を養成しました。(『府県陶器沿革陶工...
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明石 あかし

明石焼の銘。※あかしやき