立瓜 たちうり

型物香合の一種。ひだのある瓜を立てたような長めの形のものです。 祥瑞手のものが喜ばれ、美しい藍色の文様があり一区切の中に詩文が書かれているものは特に珍賞されます。 立瓜の形は香合のほか薄茶器・振出しなどにもあります。

蛸壷形土器 たこつぼがたどき

飯蛸などを取る蛸壷として弥生時代中期から平安時代にかけて使われた小型の土器。瀬戸内海沿岸特に大阪湾沿岸に多く、西は博多湾、東は三重県・愛知県でも発見されています。 口径五センチ前後、高さI〇センチ前後で、形から二種類に大

竹の節 たけのふし

香炉または香合・蓋置などの場合にはおおむね胴辺にある凸起をいい、茶碗の場合には高台脇の作風をいいます。 共にその形を竹の節に見立てての呼称であります。 竹の節高台は高台の内を削り外を削るうちに、カンナが当たって竹の節形に

高松焼 たかまつやき

紀伊国(和歌山県)の産。高松焼は崎山利兵衛が男山焼の開窯に先立って一時製陶を試みたもので、その名は和歌浦街道の高松に因んだと伝えられます。 現存している作品は極めて少ないが、染付物・色絵物など一種の雅致があるようで、品種

高取焼 たかとりやき

福岡県の陶器。文禄・慶長の役(1592-8)後わが国に伝わった朝鮮系陶窯の一つで、創窯以来数回も窯場を移転させたが、終始福岡藩主黒田家の藩窯として、また遠州好み七窯の一つとして有名であります。 年序に従ってその沿革を概説

高槻焼 たかつきやき

摂津国(大阪府)高槻で永楽保全が晩年に焼いた磁器。保全は1852年(嘉永五)5月高槻藩主永井侯に招かれて同地に築窯し、焼成後の9月にまた近江国(滋賀県)大津へ帰ったが、短期間の作陶で遺品僅少ながら、すべて祥瑞風で、また保

大徳寺呉器 だいとくじごき

朝鮮産呉器茶碗の一手。京都の大徳寺に伝わったのでこの名があります。 『茶怨図彙』に「形はまろきが多く高台は大きなるが常なり小さきは稀なり、薬上出来にて高台のうちにかかれるもあるようで、唐大大徳寺を旅館とせし時持ち来りしも

タイの陶磁 タイのとうじ

タイ国は安南と共に中国の影響下に独自の陶磁を産出した数少ない東南アジアの国で、その窯業は二一九四年ソムデット一バロムチャ王が中国から連れ帰った陶工によって始められたと推定されています。 窯はソコタイ、ガロン、スワンカロ一

台牛 だいうし

型物香合の一種。交趾・呉須香合の蓋表に牛が台上にいるような陽刻のあるものです。 鴻池家伝来のものがすぐれていて有名。

尊 そん

中国において酒を大れる容器の最も典型的なものをいいます。 古くは殷・周の青銅器の中枢として荘厳な形がつくられ、陶器のうえにも及ぼされました。 原則的な形制は口広の頚と張りのある胴とそれに続く撥形の台脚とから成り、時代や材

楚白・素伯 そはく

朝鮮茶碗の一手。わが国の茶入の分類で、楚白は素白と同じ。『淮南子』に「素白にして汚れあらず」とあります。 茶碗の釉色が純白であるところから名付けられたものです。 非常にまれなもので、加賀前田侯伝来の楚白を本歌とし、馬越家

蕎麦 そぱ

朝鮮茶碗の一種。山澄家本高麗物之部には「手宜敷者形り違、ふちにてかsへる、高台しまる程よし、黄赤浅黄シミ替り有上とす、内メ大青出来木地薄き方は時代若し」とあるようで、『目利草』には「蕎麦糟俗名なり、薬のうちに蕎麦糟のよふ