加賀国江沼郡山代窯(石川県加賀市)において飯田屋八郎右衛門が創意した赤絵の手法。
もっぱら鉄線描法を用いて細密な図様を描き、これに金彩を交わしえた一種の金欄手で、特に後年には純然たる白磁を用い、赤彩も十分に精良なものを用いて、金色も二度窯で仕上げられ、すこぶる潤沢の感があります。
しかも八郎右衛門の手法は、天保(1830I四四)末年越前国(福井県)の気比宮宝蔵の『方氏畢譜』を見るに及んで、画風が著しく高尚となり中国意匠によるものが多くなり、この風は永ぐ九谷焼の特徴をなしました。
(『日本陶甕史』『九谷陶磁史』)