白薬手・白薬様 しろぐすりで

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鶴田 純久の章 お話

美濃国(岐阜県)久尻窯の加藤景延は天正・文禄(1573-96)の頃初めて白薬手を焼き出し、正親町上皇に白薬手の茶碗を献上して朝日焼の名を賜りました。
同時に筑後守に叙せられたといいます。
この白薬手はおそらく今日いうところの志野焼のことであるでしょう。
献上した白薬手の茶碗は志野織部だといわれています。
また『森田久右衛門日記』に「美濃の内くしりと申所にて焼物仕る、大形白きものやき申由、水指、茶入茶碗焼申由」とあるようで、久尻窯ですでに白薬手を焼いていたことを裏付けています。
(『美濃焼の歴史』)

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