楽七代。
六代左入の子、初名惣吉(宗吉・叉吉・宗岱ともある)。
譚は栄清、のち吉左衛門、槌斎と号しました。
1752年(宝暦二)剃髪し、初代長次郎の一字をとって長入と称しました。
作行はいったいに無為で匠気を止めず、うち黒は漆黒に映え、赤は淡白な柿色で、小貫入が総体に出ています。
その如心斎好みの玉の絵茶碗は新春ごとの献納用とも伝えられ、また七宝透しに交趾風の表釉が掛かった精緻なものもあります。
なお如心斎社中の依頼によってつくった松銘の茶碗が有名であります。
1770年(明和七)9月没、五十七歳。
(『茶家酔古裡』『工芸鏡』『楽焼』『日本陶甕史』『楽陶工伝』)