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時鳥

時鳥(ほととぎす)

漢作(中国製)丸壺 公爵 毛利元昭氏 蔵

名称
後水尾院の叡覧(天覧)に供した際、名残惜しそうなご様子で「惜むらん人におもへは時鳥」という発句を天皇自らの筆(宸筆)で賜ったので、これより「時鳥」というのだとか。

寸法
高さ:約5.91センチ
胴径:約6.82センチ
口径:約2.79センチ
底径:約2.73センチ
甑(こしき)の高さ:約1.52センチ
肩幅:約0.76センチ
重量:約61.5グラム

付属物
一 蓋 1枚 象牙色付
一 御物袋 紫縮緬 緒は紫のつがり結び
一 袋 2つ
萌黄地亀甲金紋 裏は花色海気 緒は紫のつがり結び
笹蔓緞子 裏はかべちょろ 緒は紫のつがり結び
一 袋箱 桐 白木
替袋
一 木形 欅
袋 笹蔓緞子 裏は上代海気 緒は紫のつがり結び
一 挽家 黒塗 金粉で字形あり
一 内箱 桐 白木
(蓋表)
後水尾御発句添
「ほとゝきす」
(蓋裏)
郭公茶入 唐物
高さ:約5.91センチ(1寸9分半)
横:約6.82センチ(2寸2分半)
掛目(重量):約61.9グラム(16匁5分)
添歌 「おしむらむ」
後水尾院様御筆
添状 1通 沢庵
一 外箱 鉄刀木(たがやさん)金粉で字形あり
「郭公」
箱内を2つに仕切り、一方は鉄刀木に丸い孔をくりぬいて、茶入と挽家を入れる。もう一方には袋箱を入れる。
一 総箱 桐 白木
「茶入」

時鳥(ほととぎす)
一 添掛物 1幅
後水尾院御宸筆無地短冊
「おしむらむ人におもへはほとゝきす(惜むらん人におもへば時鳥)」
内箱 黒塗 金粉で字形あり
「御水尾院宸筆 一幅」
外箱 桐 春慶塗 書付墨書
一 添状 1通 沢庵和尚
その後久しくお目にかかっておりません。私共もこのところ一切暇がなく、気にはしながらもご無沙汰しております。先日の題でお遊びになられたでしょうか、時鳥の茶入を返進いたします。伺いましたところでは、いじらしいお事と存じます。但州(但馬守)は参上しているとのことですので、この手紙を大和守殿へお渡しくださいますよう。近いうちに参上して申し上げます。恐々謹言。
卯月18日 宗彭(沢庵)
(見返しの表の書付は次の通り)
(沢庵)
○○殿 宗彭
人々御中
一 添書付 1通
由緒書
漢作の郭公茶入(時鳥茶入)、紹滴所持の丸壺
右の茶入は、先年、後水尾法皇様がお聞き及びになり、青蓮院門跡の尊澄法親王に仰せつけられ、差し上げてお留め置きになられました。色々とご所望なされましたが、お譲りすることはせず、お返しくださった際、「おしむらむ」の発句をお添えくださいました。その後、平野道節と申す茶の湯の者が所持し、酒井讃岐守殿がお目っかけたところ、金300枚でご所望なされました。そのためお譲りすることはしませんでした。小堀遠州公、片桐石州公、桑山修理亮殿がよくご存知の茶入でございます。沢庵の添状は、岩崎道伴より私の方へ伝わりました。以上。

伝来
添書付に「紹滴所持丸壺」とあり、『茶家系譜詳本』に「竹蔵屋紹滴は、珠光に学んで茶道をよくする。あるいは中蔵屋、または籠屋という。泉州堺に住み、引拙や宗理と名声を等しくする。あるいは武野紹鴎の門人である」とある。その後、後水尾院がお聞き及びになり、尊澄法親王を通じて上覧のご所望があり、数日間仙洞御所に留め置かれた。ご返却の際、「惜むらん人におもへは時鳥」の発句を御宸筆で賜ったので、これよりこの茶入を「時鳥」というとのこと。その後、平野道節という茶人の仲介で、酒井雅楽頭より金300枚で所望されたが、ついにこれに応じなかったという。そうして毛利家に納まった年代は不明である。

実見記
大正10年(1921年)9月21日、東京市芝区高輪南町の毛利元昭公爵邸において実見した。
薄手で手に取ると極めて軽く、口作りの捻り返しは深く、甑(こしき)の下が張り、胴に沈み筋が一本巡り、それ以下は轆轤(ろくろ)筋となって巡っている。裾から下は朱泥色の土で、底面は極めて小さく、糸切は細かく、黒釉の飛びがある。この茶入は口縁から底にかけて真二つに割れたものを修繕した痕跡があり、底の周りには指跡(指形)が所々にあり、ぽよぽよとして釉薬の質が極めて上手である。全体に黒飴釉の中に青白い釉薬が首際(領際)を巡り、また肩先から幕のようにドロドロと裾の土の際になだれ落ちている景色があり、青白釉の先に茶色の釉薬が交じり、光沢が極めて美しい。胴の筋の上下に茶色味を含んだ釉薬が筋をなして巡っているため、この茶入に一段と景色を添えている。内部は口縁に釉薬が掛かり、それ以下は轆轤目が細かく巡り、底の中央は渦状になって窪んでいる。全体的に丸壺の形が極めて格好よく、黒飴色の中に少し紫色を帯びて、置形の青白釉と茶釉が一つのなだれとなり、景色が極めて見事である。腰回りの金気釉(赤みを帯びた釉)も光沢が美しく、よく物を鑑賞すべきである。概して景色に富み、見所の多い茶入である。

【原文】

時鳥

 漢作 丸壺 公爵 毛利元昭氏 藏

名稱
後水尾院の叡覽に供せし時、御名殘惜き御風情にて「惜むらん人におもへは時鳥」の發句御宸筆をたまひければ、是より時鳥といふとかや。

寸法
高 壹寸九分五厘
胴徑 貳寸貳分五厘
口徑 九分貳厘
底徑 九分
甑高 五分
肩幅 貳分五厘
重量 拾六匁四分

附屬物
一 蓋 一枚 象牙色付
一 御物袋 紫縮緬 緒つがり紫
一 袋 二ツ
萌黄地龜甲金紋 裏花色海氣 緒つがり紫
笹蔓純子 裏かべちよろ 緒つがり紫
一 袋箱 桐 白木
替袋
一 木形 欅
袋 笹蔓純子 裏上代海氣 緒つがり紫
一 挽家 黑塗 金粉字形
時 鳥
一 内箱 桐 白木
(蓋表)
後水尾御發句添
ほとゝきす
(蓋裏)
郭公茶入 唐物
高サ 一寸九分半
横 二寸二分半
掛目 十六匁五分
添歌 おしむらむ
後水尾院樣御筆
添状 一通 澤庵
一 外箱 鐵刀木 金粉字形
郭公
箱内二ツに仕切り、一方鐵刀木丸孔くりぬきにして、茶入挽家を入る。一方、袋箱を入る。
一 總箱 桐 白木
茶入
一 添掛物 一幅
御水尾院御宸筆無地短冊
おしむらむ人におもへいほとゝきす
内箱 黑塗 金粉字形
御水尾院宸筆 一幅
外箱 桐 春慶塗 書付墨書
一 添状 一通 澤庵和尚
其後久しく不得御意候、我等も一切此中は不得隙、乍存無沙汰仕候。先日之題被遊候哉、時鳥茶入致返進候、承及候より志ほらしき御事に御座候、但州は人參候由に候間、此状大和守殿へ被進候而可被下候、近日以參可申上候、恐々謹言。
卯月十八日 宗彭
(見返しの表書付如次)
(澤庵)
○○殿 宗彭
人々御中
一 添書付 一通
由緒書
漢郭公茶入 紹滴所持丸壺
右茶入先年御水尾法皇樣及御聞被爲遊、青蓮法門主尊澄法親王に仰聞、則差上ケ御留置被遊、色々御望被遊候得共差上不申、御返し被爲遊候節、おしむらむの御發句御添被下候。其後平野道節と申茶湯者所持之、酒井讃岐守殿へ懸御目候處、金三百枚に御所望被下候、是以指上ケ不申候、小堀遠州公、片桐石州公、桑山修理亮殿、能御存知之茶入にて御座候、澤庵之添状、岩崎道伴より私方へ傳申候以上。

傳來
百二十二
添書付に紹滴所持丸壺とあり、茶家系譜詳本に「竹藏屋紹滴、珠光に學び茶道を能くす、或は云ふ、中藏屋又は籠屋と。泉州堺に住し、引拙、宗理と名を齊しうす、或は紹鴎門人なり」とあり。其後後水尾院聞召され、尊澄法親王を以て上覧の御所望あり、數日仙洞に留置かせたまひ、御返下の節惜むらん人におもへは時鳥の發句御宸筆を賜りければ、是より此茶入を時鳥と云ふとぞ。其後平野道節といへる茶人の仲介にて、酒井雅樂頭より金三百枚にて所望せられしも終に之れに應ぜざりしと云ふ。而して其毛利家に納まりたる年代は不明なり。

實見記
大正十年九月二十一日、東京市芝區高輪南町毛利元昭公邸に於て實見す。
薄手にて手取極めて輕く、口作捻り返し深く、甑下張り、胴に沈筋一線繞り、以下轆轤筋を成して繞り、裾以下朱泥色の土にて底面極めて小さく、糸切細く、黑釉飛びあり、此茶入口縁より底にかけて眞二つに割れたるを繕ひたる痕跡あり、底廻り指形處々にあり、ポヨ/\として釉質極めて上手なり。總體黑飴釉中に青白き釉領際を繞り、又肩先より幕の如くドロ/\と裾土際になだれたる景色あり、青白釉の先きに茶釉を交へ、光澤極めて美麗なり、胴筋上下に茶味を含みたる釉、筋を成して繞るが爲め、此茶入に一段の景色を添へたり、内部口縁釉掛り、以下轆轤目細かに繞り、底中央渦状を成して窪めり。總體丸壺形極めて恰好よく、黑飴中少し紫味を帶びて、置形青白釉と茶釉一ナダレ、景色極めて美事に、腰廻りの金氣釉も光澤美麗にして、能く物を鑑すべく、概して景色に富み、見所多き茶入なり。

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