

漢作 丸壺 公爵 毛利元昭氏藏
名稱
後水尾院の叡覽に供せし時、御名殘惜き御風情にて「惜むらん人におもへは時鳥」の發句御宸筆をたまひければ、是より時鳥といふとかや。
寸法
高 壹寸九分五厘
胴徑 貳寸貳分五厘
口徑 九分貳厘
底徑 九分
飯高 五分
肩幅 貳分五厘
重量 拾六务四分
附屬物
一蓋 一枚 象牙色付
一御物袋 紫縮緬 緒つがり紫
一袋 二ツ
前黃地龜甲金紋 裏花色海氣 緒つがり紫
笹蔓純子 裏かべらょろ 緒つがり紫
一袋箱 桐 白木
替袋
一木形 櫸
袋 笹蔓純子 裏上代海氣 緒つがり紫
一挽家 黑塗 金粉字形
時鳥
一內箱 桐 白木
表蓋
後水尾御發句添 ほとゝきす
裏蓋
郭公茶入 唐物
高サ 一寸九分半
横 二寸二分半
掛目 十六匁五分
添歌 おしむらむ 後水尾院樣御筆
添狀 一通 澤庵
一外箱 鐵刀木 金粉字形
郭公
箱内二ッに仕切り、一方、鐵刀木丸孔くりぬきにして、茶入挽家を入る。一方、袋箱を入る。
一總箱 桐 白木
茶入
一添掛物 一通
御水尾院御宸筆無地短冊
おしむらむ人みおもへいほとっきす
內箱 黑塗 金粉字形
御水尾院宸筆 一幅
外箱 桐 春慶塗 書付墨書
一添狀 一通 澤庵和尙
其後久しく不得御意候、我等も一切此中は不得隙、乍存無沙汰仕候。先日之題被遊候哉、時鳥茶入致返進,候、承及候よりあほらしき御事に御座候、但州は人參候由に候間此狀大和守殿へ被進候而可被下候、近日以參可申上,候、恐々謹言。
卯月十八日 宗彭
(見返しの表書付如次)
殿 (澤庵)宗彭
人々御中
一添書付 一通
由緒書
漠郭公茶入 紹滴所持丸壺
右茶入先年御水尾法皇樣及御聞,被爲遊青蓮法門主尊澄法親王に仰聞則差上ヶ御留置被遊色々御望被遊候得共、差上不申、御返し被爲遊候節、おしむらむの御發句御添被下候。其後平野道節と申茶湯者取之酒井讚岐守殿へ懸御目,候處金三百枚に御所望被下候是以指上ヶ不申候小堀遠州公片桐石州公桑山修理亮殿能御存知之茶入にて御座候。澤庵之添狀、岩崎道伴より私方へ傳申候、以上。
傳來
添書付に紹滴所持丸壺とあり、茶家系譜詳本に「竹藏屋紹滴、珠光に學び茶道を能くす、或は云ふ、中藏屋又は籠屋と。泉州堺に住し、引拙、宗理く名を齊しうす或は紹鷗門人なも」ざあり。其後後水尾院聞召され、尊澄法親王を以て上覧の御所望あり數日仙洞に留置かせたまひ、御返下の節「惜むらん人におもへは時鳥の發句御宸筆を賜りければ、是より此茶入を時鳥と云ふとぞ。其後平野道節といへる茶人の仲介にて、酒井雅樂頭より金三百枚にて所望せられしも終に之れに應せざりしと云ふ。而して其毛利家に納まりたる年代は不明なり。
實見記
大正十年九月二十一日東京市芝區高輪南町毛利元昭公邸に於て實見す。
薄手にて手取極めて輕く、口作捻り返し深く、飯下張り胴に沈筋一線繞り、以下轆轤筋を成して繞う、裾以下朱泥色の土にて、底面極めて小さく、糸切細く、黑釉飛びあり、此茶入口緑より底にかけて真二つに割れたるを繕ひたる痕跡あり、底廻り指形處々にあり、ブョくとして釉質極めて上手なり。總體黑飴釉中に青白き釉飯際を繞り又肩先より幕の如くドロドロと裾土際になだれたる景色あり青白釉の先きに茶釉を交へ、光澤極めて美麗なり胴筋上下に茶味を含みたる釉筋を成して繞るが為め、此茶入に一段の景色を添へたり。内部口緣釉掛り以下轆轤目細かに繞り底中央渦狀を成して窪めり。總體丸壺形極めて恰好よく黑飴中に少しく紫味を帶びて、置形青白釉と茶釉一ナダレ、景色極めて美事に、腰廻りの金氣釉も光澤美麗にして、能く物を鑑すべく、概して景色に富み、見所多き茶入なり。





