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唐窯 とうよう

中国清朝乾隆年間(1736-95)に唐英のつくった景徳鎮の官窯。唐英は1728年(雍正六)景徳鎖に来て、年窯を始めた年希尭を助けて八年間陶業を営んです。極めて製陶の技術にすぐれ天才的能力があったようであります。乾隆の初め九江の紗関に転任した...
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時中焼 ときなかやき

伊勢国飯南郡神戸村大字垣鼻(三重県松阪市垣鼻町)の産。寸丈焼ともいいます。寛政(1789-1801)の末、和泥斎寸丈という者の創始で、伊勢街道に面する垣鼻の宅で商い、その裏山で焼いたと伝えられます。のち京都の公家藤波季忠より「時中」の二字を...
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陶土 とうど

陶磁器製造に適する粘土類をいいます。うち磁器用原料を特に磁土といいます。陶土は窯業以外に顔料としての用途があるようで、その純白なものは白色顔料として用いることができます。また多少有色のものでもレーキ顔料の沈澱剤または体質として用いることがあ...
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東洋陶磁研究所 とうようとうじけんきゅうしょ

奥田誠一主宰の陶磁研究所で、同大に原文次郎・尾崎洵盛らがいました。機関誌『陶磁』を1931年(昭和六)以来発行し、終戦前まで続いました。刊行書として『東洋陶磁集成』『呉須赤絵図鑑』『薩摩焼の研究』などがあります。
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土岐焼 ときやき

岐阜県土岐郡土岐村(土岐市)の産。1906年(明治三九)恵那郡陶村(瑞浪市陶町)から小木曾岩蔵という者が来て開業したが発展せずのち休業しました。1916年(大正五)には赤絵付をする者が八戸ありました。(『岐阜県産業史』)
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藤堂伊賀 とうどういが

伊賀国(三重県)の国主藤堂侯が指導奨励した時代の伊賀焼を指します。藤堂高虎は筒井定次のあとを受けて慶長年間(1596-1615)伊賀の国主となりましたが、陶器に関してはなんら事蹟を残していないようです。世間には高虎を藤堂伊賀に関連させた記録...
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胴高 どうたか

名物。島物茶入。茶入の胴を高く張ってあるのでこの名があります。もと小掘遠州の所持、土屋但馬守に伝わり、諸家を転伝して鹿島清兵衛に入り、さらに馬越恭平に移りました。(『大正名器鑑』)
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遠山 とうやま

光悦作の楽焼茶碗。千家所持、のち紀州侯に伝わりました。(『茶道名物考』)
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常磐 ときわ

中興名物。金華山茶入、玉柏手。『古今集』の「常磐なる松のみどりも春くれば今ひとしほの色まさりけり」の歌意に因んで、どの茶入が年々古くなるに従って色がまさるという意から銘を付けた。形は村雨と同じで、肩に金気がとび、置形は飴金気、また柿金気がI...
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堂道窯 どうどうがま

山口県吉敷郡宮野村字堂道(山口市宮野)の陶窯で、1866年(慶応二)津田藤兵衛の創始。これより先に藤兵衛は同村羽平提の池の拡張工事で白色粘土を発見し、これが陶器の材料に適するこ毛利元昭 とを知り、興丸公子の玩具製造を名として許可を得、大原窯...