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薺 なずな

薺(春の七草の一つ。ぺんぺんぐさ、しゃみせんぐさ)に似た簡素な草花文のある古染付などを薺手ということがある。わが国の土瓶などにも薺に似た模様は多くある。
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名古屋製陶株式会社 なごやせいとうかぶしきがいしゃ

1906年(明治三九)日本陶器合名会社技師長飛鳥井孝太郎・高橋虎三郎・吉田政一・比良虎蔵らは、職工員三十名で陶磁器貿易商寺沢留四郎と共に帝国製陶所を創立し、1911年(同四四)名古屋商工会議所会頭上遠野富之助の斡旋により伊藤次郎左衛門・神野...
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名古屋 なごや

愛知県名古屋市。永く尾張徳川氏がいた所で御庭窯の御深井焼・元贇焼以下藩士による作陶が多く、明治初年には夜寒焼・酔雪焼・東雲焼などがあった。しかしこれらはほとんど好事的製品で、元来名古屋の地は尾張藩の領内および美濃国(岐阜県)東部三郡に対する...
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勿来焼 なこそやき

福島県双葉郡井手村(浪江町井手)のやきもの。大堀相馬焼の一種で1873年(明治六)同村の松永政太という者が勿来村(いわき市勿来町)および羽鳥村(双葉郡浪江町)の原石を顔料として創出したもの。製品は鮫焼で土瓶が特産である。一八八四、五年(同一...
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投頭巾肩衝 なげずきんかたつき

大名物。漢作肩衝茶入。1657年(明暦三)江戸城で焼失。(『茶道名物考』)
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仲村渠致元 なんだかりちげん

琉球(沖縄県)の陶工。幼名真蒲戸、中国名用啓基俗称を仲村渠筑登之親雲上という。1696年(康熙三五、元禄九)八月十九日生まれ。琉球焼中興の祖として有名。またその子孫に致真という者がおり、天保年間(1830~144)中国清朝に渡り彩画の方法を...
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中村亀一 なかむらかめいち

肥前有田の陶工。明治期の人で、辻勝蔵と並んで宮内省御用品を製作した。(『有田古陶磁銘款集』)
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永原英造 ながはらえいぞう

出雲国(島根県)の陶工。二代永原与蔵建定の三男。永山亭と号した。初め神楽崎焼隅田仙亭を助けてこれを大成させた。その作品のうち立体像などは多く英造の作である。のち宝永山焼に職長として手腕を振ったが、時期がまだ至らなかったの失敗して帰った。以後...
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中原要 なかはらかなめ

佐賀県西松浦郡今岳村(伊万里市)の陶画工。1870年(明治三)黒華磁器の製作を思い立ち、黒料を求めて財産を使い果たし片目を失って十年余りの間苦労を重ね、ついに1884年(明治一七)素志を遂げた。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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長浜焼 ながはまやき

石見国那賀郡長浜村(島根県浜田市長浜町)のやきもの。永見焼ともいう。慶長年間(1596~ー1615)初代永見房造が創始。三代房造は1766年(明和三)同郡都濃村大字嘉久志(江津市嘉久志)にいた春陽堂富春について製造法を学び巌焼と称した。四代...