金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

やきもの

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辻勝蔵 つじかつぞう

肥前有田の陶家。辻喜右衛門の末裔で、1871年(明治四)から宮内省御用品を製した。1874年(同七)深川栄左衛門ら四人と香蘭社を起こしたが、1879年(同一二)に分かれて精磁会社を設け、勝蔵名義で御料品を調製した。1889年(同二二)さらに...
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繕い つくろい

器皿の割れまたは貫入を修理すること。「ともつくろい」「粉つくろい」などという。※やきつぎ器物の修復など復元する方法。今日では金継ぎともいいます。※金継ぎ
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塚本喜助 つかもときすけ

美濃国土岐郡駄知(岐阜県土岐市駄知町)の陶工。父は彦左衛門といい織田信長に仕えた。喜助は1591年(天正一九)に生まれ、慶長(1596~1615)の頃同地森向戸川の底から良土を発見し陶器をつくった。1619年(元和五)岩村城主がこの地に来た...
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塚原芥山 つかはらかいざん

福井市の陶工。1907年(明治四〇)三月二十一日、福井市の米穀商の家に生まれた。幼少の頃から絵や泥塑を好み、福井中学を卒業後飛島組に入り、長野県のダム工事現場に配属されたが、しばらくでやめて福井新聞社に入社した。またホーリネス教会の伝導に従...
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津金文左衛門 つがねぶんざえもん

尾張藩士。諱は胤臣、字は子隣、通称新丞、のち文左衛門、洲または黙斎と号した。1727年(享保一二)九月生まれ。諸役を歴任してその経世的手腕を現わし、1791年(寛政三)熱田奉行に転じ船奉行を兼ねた。1800年(同一二)七月初めて海浜に墾田し...
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沈当吉 ちんとうきち

薩摩国(鹿児島県)苗代川焼の帰化朝鮮陶工。朴平意の頃の人で、その子当寿が父の業を継いだ。なお当寿の子もまた当吉という名で、技が優秀で藩主から陶一という名を拝領した。(『薩摩焼総鑑』)
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陳仲美 ちんちゅうび

中国明代の陶工。婺源の人。初めは景徳鎮で瓷をつくり、古窯器を仿造するのが最も巧みであった。そのいろいろな作品は鬼工といってよい。のち宜興窯に赴き陽の茗壺をつくった。その苦心の作は神器といっても過言ではない。(『陽姜茗壺系』『景徳鎮陶録』)
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チョッパケ

肥前(佐賀・長崎県)地方で丸瓢を半割りにして水簸用の柄杓とし、これをチョッパケという。朝鮮語で瓢をパケというので、これもまた朝鮮語から出た語であろう。(『陶磁文明の本質』) チョッパゲ(※瓢箪の一種)というのは表皮の固い瓜の一種で、島では二...
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銚子 ちょうし

銚子は本来金属でつくり、酒を盛って盃に注ぐ器で長い柄があるものだが、後世転じて一般に酒瓶の称となった。
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長三 ちょうざ

尾張常滑の陶工。文化・文政(1804~130)頃の人伊奈長三郎(号長三)に始まり、代々襲名していずれも名工といわれた。初代は常滑村(常滑市)の陶工長兵衛の子。家は代々酒甕の製を業としていたが、長三は茶器・酒器などの小細工物に意をひそめ雅致あ...