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陶芸

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珪酸 けいさん

珪素の酸化物でその分布は極めて広く、地殻の約六割を占め土石の最大要素であります。種々の異形態があってさまざまの形で自然界に存在・分布します。窯業は珪酸塩類の資源を高熱で処理する工業的生産分野で、それゆえ珪酸塩工業といわれます。珪酸の主用途は...
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栗原岳焼 くりはらだけやき

山城国(京都府)栗原岳で焼いた陶器。年代不詳。器は交趾焼に似たものが多いですが、数は非常に少ないようです。銘は篆書の小判形五分印で「栗原」とあります。モースはそのコレクション中でこれを1860年(万延元)の作と推定。(『陶器類集』『日本陶器...
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黒崎焼 くろさきやき

筑後国三池郡手鎌村黒崎(福岡県大牟田市岬)で産したものです。その現存する陶器に「嘉作」の銘があります。
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磐山 けいざん

松山焼の銘にこれがあります。モースは執行弘道の調査として、これは宝暦年間(1751-64)の石見国(島根県)津和野藩主亀井侯の号で、その御庭窯である綾焼に銘として用いたものであるといいます。(『日本陶器目録』)※しょうざんやき
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来原焼 くりはらやき

島根県簸川郡大津村(出雲市大津町)の産。一名を万祥山焼といい明治初年日野善四郎などにより起こされ、石見より陶工勘三郎を招き日用品を製しました。1892年(明治二五)布志名焼の土谷伝太郎が来るに及び業態も徐々に発展しました。孫義長が遺業を継い...
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黒谷焼 くろだにやき

京都東山の黒谷の地でつくられたものです。天正(1573-92)以前より土器を産出しましたが、慶長(1596-1615)の頃に至り真助という者が玉子手を焼いました。粟田焼にほぽ同じで、また仁清の作に類似します。一時中絶しのちに再び製造されまし...
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珪酸質陶器 けいさんしつとうき

胎土に陶土を使用せず、珪石などをこまかく粉末にして胎土とした陶器。紀元前三千年前後にエジプトに現れた陶器は、現在のものとはやや性質が異なり、人工的に準備した珪酸質の胎土に釉薬を掛けて焼成しました。これが陶器と名付けてよい最初のものであるでし...
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車 くるま

陶磁器成形用具の一つである陶車のこと。主として九州方面で用いられる語で、沖縄でもまた車の称を用います。京都以東の地方はおおむね轆轤と称しますが、信楽のように車という地方もないわけではないようです。九州地方の成形用陶車は足動式の蹴車で、これを...
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黒田政憲 くろだまさのり

福岡県の人。1887年(明治二〇)東京工業学校破璃科(現東京工業大学)を卒業。1897年(同三〇)兵庫県津名郡陶器学校長となり、次いで愛知県瀬戸陶器学校長、1909年(同四二)中国四川省成都中等工業学校に招かれました。1911年(同四四)佐...
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鶏麹木紋 けいしぼくもん

祭紅の釉汁でやや厚く一種の木目のような模様をなしたものをいいます。その木目はとがった峰が重なり合い、また浪の重なったような観を呈しています。このようなものを野鶏麹と称し、このような模様を鶏麹木紋といいます。(『匋雅』『飲流斎説甕』)