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陶芸

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車御運上 くるまごうんじょう

肥前国(佐賀県)鍋島藩では1637年(寛永一四)陶業を統制し製造戸数を百五十五戸に定め陶車の数もまた百五十五挺に定めました。すなわち一戸当たり車一挺でありました。そして製陶家の上納する税を車御運上と呼んです。当時は陶車を唯一の製陶機械と頼み...
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黒田焼 くろだやき

富山県射水郡二塚村字黒田(高岡市二塚)の産。別に射水焼といいます。1916年(大正五)頃同村の人角太一が石川県から陶工を招いて始めましたが、彼が没したので1928年(昭和三)廃窯。「句呂」「陶風」「射水焼」「黒田焼」などの押印があります。(...
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孔雀緑 くじゃくりょく

濃い翠緑色。深色諸緑のうち最も愛すべきものであります。(『飲流斎説甕』)
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竃突 くど

本来は竃の後の煙出しのことですが、登窯ではその最後部の室の窓を「くど」といいます。
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汲み出し茶碗 くみだしちゃわん

略して汲み出し。茶の湯の折、待合(寄付)の席に備えておきます。素湯を汲んで出したところから名付けられました。茶の本席の古陶に対し多く新焼ものを用います。形は煎茶茶碗よりやや大振り。
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櫛八玉神 くしやたまのみこと

大国主神のため出雲国多芸志(島根県出雲市武志町)の小浜に天の御舎をつくった時、櫛八玉神が料理人として天の御食を献じましたが、この時、神は鵜になって海底に入り底の埴土をくわえ出して天の八十毘良迦をつくったと『古事記』(上巻)にみえます。
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工藤市太郎 くどういちたろう

愛媛県砥部大南(伊予郡砥部町人南)の窯家。その窯はもと千代の松の宮相撲取りの所有でありましたが、取引先の浜松藤八のものとなり、彼が来て焼造したので浜松窯ともいいます。藤八の死後を受けて実弟の工藤市太郎が引き継いで焼造し、向井和平没落後の砥部...
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久村焼 くむらやき

出雲国簸川郡久村(島根県簸川郡多伎村久村)の磁器。1827年(文政一〇)頃同村柳楽孫兵衛などの資本により始まりました。のち資金が欠乏し松江藩へ移管を出願し1830年(天保元)藩営となりました。規模を拡張し製品もまた精巧となったが管理者に不正...
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鯨手 くじらで

古唐津の茶碗や盃の口縁に錆絵の具を掛けたものをいいます。その色が食用にする鯨の皮身に似ていますからで、皮鯨ともいいまた鯨口ともいわれます。※かわくじら
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竃突灰 くどばい

竃で雑木の薪材を燃やして得た灰で、また別に土灰とも呼びます。その成分は炭酸石灰を主とし、これに炭酸カリ・炭酸ソ一ダ・珪酸・磐土(酸化アルミ二ウム)・燐酸・酸化鉄・苦土(酸化マグネシウム)などを混ぜます。これを水洗いして炭酸カリ・炭酸ソ一ダを...