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長谷川文琳

長谷川文琳(はせがわぶんりん)

中国製 大名物 別名:葉室文琳 所蔵:松平直亮 伯爵

名称の由来
長谷川左兵衛が所持していたためこの名があります。後藤庄三郎の著書『駿府政事録』の慶長16年(1611年)8月20日の条に「長崎奉行の長谷川左兵衛尉藤広(ふじひろ)が駿府へ参府した。明(中国)や南蛮(ヨーロッパなど)の商船が80隻余り来航し、その貿易についての報告を速やかに行ったため、大御所(家康)はお褒めになった」とあります。このことから徳川初期の貿易商であったことは間違いありませんが、その詳しい伝歴は不明です。『古今茶人系譜』や野史(正史以外の歴史書)に記載されている、千利休の門人である長谷川右兵衛と同一人物かどうかも明らかではありません。この茶入は『古今名物類聚』に「葉室文琳」として掲載されていることから考えると、かつて葉室大納言家が所持していたのかもしれませんが、これもまた証明する文書はありません。

寸法(1寸≒3.03cm、1匁≒3.75gで換算)
高さ:約6.51cm(2寸1分5厘)
胴径:約6.51cm(2寸1分5厘)
口径:約3.18cm(1寸5厘)
底径:約2.73cm(9分)
重量:約49.9g(13匁3分)

附属品
・蓋:1枚(窠:くぼみあり)
・蓋箱:白木の桐製、松平不昧の書き付けあり
「長川文琳 蓋」
・御物袋(茶入を入れる袋):茶色の羽二重、紐は茶色
・仕覆(袋):2つ
本能寺繻子(裏は萌黄色の海気、紐は茶色)
下妻繻子(裏は紋入りの海気、紐は紫色)
・袋箱:白木の桐製、松平不昧の書き付けあり
「長谷川 袋」
包み布:紫色の縮緬
・挽家(ひきや:茶入を収める筒):黒塗りで金粉の銘あり
「文琳」筆者未詳
袋は繻珍(裏は萌黄色の海気、紐は紫色)
・内箱:桐の春慶塗りで几帳面(角を削った仕上げ)。張り札に書き付けがあり、煮黒み仕上げの錠前付き。
「長谷川」筆者未詳
包み布:花柄の布(裏は浅葱色の羽二重)
・外箱:桐の黒掻合塗り(漆の技法)。小口(側面の切り口)は黒柿で沈金彫り(漆に模様を彫り金粉などを埋め込む技法)。銀粉の銘があり、松平不昧の筆。
「長谷川」「文琳」
・添え盆
包み布:花柄の布(裏は御納戸茶色の羽二重)
堆朱の五葉盆
直径:約21.21cm(7寸)弱、底径:約16.97cm(5寸6分)弱
袋:花色地の繻子(両面)
箱:白木の桐製
包み布:花柄の布(裏は御納戸茶色の羽二重)

雑記
葉室文琳 中国製 大名物。松平出羽守所持。高さ約6.51cm(2寸1分5厘)、胴径約6.51cm(2寸1分5厘)、口径約3.18cm(1寸5厘)、盆付(底径)約2.73cm(9分)、重さ約49.9g(13匁3分)。御物袋は茶色の羽二重、蓋1枚。挽家は黒塗りの中継(なかつぎ)型で、「文琳」と金粉で書かれているが筆者は不明。袋は糸ちむ(織物の一種、裏は萌黄色、紐は紫色)。箱は春慶塗りの几帳面(角を削った仕上げ)で、紙に「長谷川」と張ってある。蓋の裏に茶入の寸法の書き付けがある。包み布は更紗。袋が1つ、本能寺緞子(紐は茶色、裏は海気)。箱は溜塗り(透き漆塗り)、包み布は更紗。(茶入の図あり)
(『古今名物類聚』より)

葉室文琳。長谷川左兵衛所持。
(『古名物記』より)

はむろ文琳。長谷川佐兵衛(左兵衛)所持。
(『玩貨名物記』より)

長谷川文琳 中国製 大名物。葉室ともいう。松平不昧公(雲州公)所持。柿色の地に黒い釉薬が流れ落ちており、金属的な艶(金気)が強い。土は鼠色で、本来の糸切りがあり、粗い。袋は本能寺繻子。
(『麟鳳亀龍』より)

長谷川文琳は中国製である。長谷川文琳、利休尻膨、志野丸壺、吹上文琳と同じ時代の作である。
(松平不昧 著『瀬戸陶器濫觴』より)

長谷川文琳 中国製。全体的に鮮やかな柿色の地で、蛇蝎(だかつ:釉薬の縮れ)の釉薬も少々ある。土は鼠色の地で糸切りは荒い。置形(正面)は黒い釉薬、口の作りは薄く、形が良い。景色の下にはハラハラと黒い釉薬がある。袋は本能寺。(茶入の図あり)
(『茶入名物記』より)

はむろ文琳。長谷川左兵衛殿の所持で、今は冬木小平次が所持している。中国製の文琳である。袋は本能寺。
(『名物道具図』より)

長谷川文琳。全体的に地の柿色が鮮やかで、置形(正面)の黒い釉薬には少し飴色が透けて見える。土は鉛色(なまり色)の土のようである。糸切りは荒く、帯(筋)の下に黒い釉薬がハラハラとある。口の作りは薄く、口に黒い釉薬が掛かっている。華やかな出来栄えで、左回りの糸切り、朱色の土がサラリとしており、胴に帯がある。(附属品の記述あり)
(幕庵文庫甲第九号より)

葉室文琳 中国製。松平出羽守所持。京都の道具商・伏見屋甚右衛門の息子である二代目甚兵衛から松平不昧公(雲州侯)へ売却された。全くの贋作ということはあり得ない。(寸法と附属品の記述は『古今名物類聚』と同じ。茶入の図あり)
(『諸家名器集』より)

長谷川文琳。江戸の町人である墨屋茂斎よりお買い上げになり、代金は200両だったと同上(『伏見屋覚書』に)ある。堆朱の五葉盆が添えられている。
(『伏見屋覚書』より)

安永7年(1778年)甚(伏見屋甚兵衛と河内屋喜兵衛の取引か)
葉室文琳 200両
(『大崎様御道具代御手控』より)

文化14年(1817年)4月21日 正午 三畳大目の茶室にて
亭主:御表様(松平不昧公の息子・月潭)
客:根土宗静、本屋惣吉、切屋八左衛門
・掛物:温如中(中国の禅僧)の墨蹟
・花入:古銅の広口、花は杜若(かきつばた)
・茶入:長谷川文琳、盆は堆朱の五葉盆
・茶碗:古い堅手(かたで)茶碗、銘は「七夕」
(『大円庵茶会記』より)

伝来
もとは長谷川左兵衛が所持しており、その後江戸深川の豪商である冬木小平次に伝わりました。安永7年(1778年)、京都の道具商である伏見屋甚兵衛と河内屋喜兵衛の二人の仲介により、金200両で松平不昧公が購入(購求)されました。

実見記(実際に見た記録)
大正7年(1918年)5月17日、松江市の松平直亮伯爵家事務所において実際に拝見しました。
中国製の文琳茶入としては甑(首)が短く、肩先が膨らんで丸々としており、可愛らしい形をしています。作行きは極めて精巧で、内部には釉薬が掛かっておらず、ロクロ目が輪のように回って底の中央で渦巻き状になっています。
全体的に赤みが強い柿色をしており、胴の中ほどに沈んだ筋が一本回っています。裾から下は鼠色の土を見せ、底の糸切りは桃の種(核)を見るような模様になっています。手に取ると非常に軽いです。

【原文】

長谷川文琳

唐物 大名物 一名 葉室文琳 伯爵 松平直亮氏藏

名稱
長谷川左兵衞所持せるを以て此名あり。後藤庄三郎著駿府政事録慶長十六年八月二十日の條に、「長崎司長谷川左兵衞尉藤廣、參府、大明南蠻異域之商船八十餘艘來朝、則快爲商賈之言上、有御感」とあれば、徳川初期の貿易商たる事勿論なれども、其傳審かならず。古今茶人系譜若くは野史に載する所の利休門人長谷川右兵衞と同人なりや否も明かならず。此茶入古今名物類聚に葉室文琳として掲載せるを以て考ふるに、嘗て葉室大納言家の所持なりしか、是れ亦文書の徴すべきものなし。

寸法
高 貳寸壹分五厘
胴徑 貳寸壹分五厘
口徑 壹寸五厘
底徑 九分
重量 拾參匁參分

附属物
一 蓋 壹枚 窠
一 蓋箱 桐 白木 書付不昧
長川文琳 蓋
一 御物袋 茶羽二重緒つがり茶
一 袋 二つ
本能寺純子 裏萌黄海氣 緒つがり茶
下妻純子 裏紋海氣 緒つがり紫
一 袋箱 桐 白木 書付不昧
長谷川 袋
包物 紫縮緬
一 挽家 黒塗 金粉銘
文琳 筆者未詳
袋 繻珍 裏萌黄海氣 緒つがり紫
一 内箱 桐 春慶塗 几帳面
書付張札 煮黒み錠前付
長谷川 筆者未詳
包物 花布 裏淺黄羽二重
一 外箱 桐 黒掻合塗 小口黒柿沈金彫銀粉銘 不昧筆
長谷川
文琳
長谷川文琳
長谷川文琳
一 添盆 包物 花布 裏御納戸茶羽二重
堆朱 五葉盆
徑七寸弱 底徑五寸六分弱
袋 花色純子 兩面
箱 桐 白木
包物 花布 裏御納戸茶羽二重

雜記
葉室文琳 唐物 大名物 松平出羽守。高二寸一分五厘、胴二寸一分五厘、口一寸五リン、盆付九分、懸目十三匁三分。御物袋茶羽二重、蓋一枚。挽家黒塗、中繼、文琳金粉にて如此筆者不知、袋糸ちむ 裏もえき 緒紫、箱春慶きちやうめむ、紙にて長谷川と張り有之、蓋裏ニ茶入寸法書付有之、包物さらさ、袋一ッ本能寺どんす 緒茶 裏海氣、箱溜塗包物さらさ(茶入圖あり)
(古今名物類聚)

葉室文琳 長谷川左兵衞。
(古名物記)

はむろ文琳 長谷川佐兵衞。
(玩貨名物記)

長谷川文琳 漢 大名物 葉室とも云ふ。雲州公。柿に黒なだれ、金氣つよく、土鼠、本糸切あらし、袋本能寺純子。
(麟鳳亀龍)

長谷川文琳 唐物なり、利休尻膨、志野丸壺、吹上文琳と同時代なり。
(不昧公著瀬戸陶器濫觴)

長谷川文琳 唐物 惣體地冴えたる柿にて、蛇蝎藥も少々有之、土鼠地にて糸切荒し、置形黒藥、口作薄、口吉し、景の下にはら/\と黒藥あり、袋本能寺。(茶入圖あり)
(茶入名物記)

はむろ文琳 長谷川左兵衞殿所持、今冬木小平次所持なり。唐物文琳なり、袋本能寺。
(名物道具圖)

長谷川文琳 惣体地柿さへ、置形黒藥あめ少しすき、土なまり土の様也、糸切荒し、帶の下に黒藥はらく、口薄作、口に黒藥かゝる、花やかなる出來、左糸切朱土さらりとて、胴に帶あり。(附属物の記事あり)
(幕庵文庫甲第九號)

葉室文琳 唐物 松平出羽守、伏見屋甚右衞門忰二代目甚兵衞より雲州侯へ賣上、全く贋物致事不能也。(寸法附属物の記事、古今名物類聚と同じ、茶入圖あり)
(諸家名器集)

長谷川文琳 江戸の町人墨屋茂齋より御買上、代金二百兩と同上候、堆朱五葉盆添。
(伏見屋覺書)

安永七 甚(伏見屋甚兵衞と河内屋喜兵衞)
葉室文琳 二百兩
(大崎様御道具代御手控)

文化十四年四月廿一日正午 三疊大目
御表様(公月潭)根土宗靜 本屋惣吉 切屋八左衞門
一 掛物 溫如中墨蹟
一 花入 古銅廣口 花杜若
一 茶入 長谷川文琳 盆堆朱五葉
一 茶碗 古堅手 銘七夕
(大圓庵茶會記)

傳來
長谷川左兵衞所持にして、江戸深川の豪商冬木小平次に傳はり、安永七年伏見屋甚兵衞、河内屋喜兵衞兩人の仲介により、金二百兩にて松平不昧公の購求する所と爲る。

實見記
大正七年五月十七日、松江市松平直亮伯家事務所に於て實見す。
唐物文琳としては甑短かく、肩先に於て膨らみ丸々として可愛らしき形なり、作行極めて精巧、内部釉掛らず、轆轤目輪廻して、底中央に至りて渦状を成す。總體赤味勝ちの柿色にして、胴中に沈筋一本を繞らし、裾以下鼠色の土を見せ糸切桃核を見るが如し、手取極めて輕し。

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