





春慶文琳(しゅんけいぶんりん)
中興名物 東京 加藤正義 氏所蔵
名称
春慶作の文琳茶入である。
寸法(単位換算:1寸=約3.03cm、1分=約3.03mm、1厘=約0.303mm、1匁=約3.75g)
高さ:2寸5分5厘(約 7.7 cm)
胴径:2寸5分(約 7.6 cm)
口径:9分(約 2.7 cm)
底径:1寸2分強(約 3.6 cm 強)
甑(こしき)高:3分6厘(約 1.1 cm)
重量:20匁8分(約 78 g)
附属物
・蓋:3枚(内2枚は窠/くわの巣の彫り)
・御物袋:白羽二重(しろはぶたえ)2羽
・仕覆(袋):2つ
1. 輪違純子(裏地:崩黄海気、緒つがり:薄紫)
2. 鯉紋純子(裏地:かべちよろ、緒つがり:遠州茶)
・袋箱:桐材、黒括合塗(くろくくりあいぬり)、銀粉字形、松平乗邑の書付あり
・挽家(ひきや):花梨(かりん)、二重彫、銘「文琳」、小堀遠州の書付あり
挽家袋:有柄川(裏地:錦、緒つがり:薄紫織)
・内箱:桐白木、小堀遠州の書付「春慶 文琳」
・外箱:桐白木、竹腰蓬月の書付「名物記に所載の器 春慶 文琳」
※蓋覆紙の裏の書付(要約):
「名物記に掲載されている春慶文琳である。外箱は松平左近将監(乗邑)殿が所持されていた頃から白木であったため、私(了伴)のもとに伝来した際、竹腰蓬月殿に書いていただくよう依頼し、表面の12文字は蓬月殿の直筆である。安政6年(1859年)11月 古筆了伴家蔵」
・添盆:丙朱(へいしゅ)、底は黒塗
寸法:縦横 6寸6分(約 20.0 cm)、鏡部(内寸)縦横 4寸9分(約 14.8 cm)、底縦横 5寸6分(約 17.0 cm)、高さ 8分3厘(約 2.5 cm)
・同箱:桐白木、釘打ちの箱、銘「丙朱」
添書付(三通)
(包紙の書付)「竹腰兵部少輔蓬月君の手紙。外箱の表の文字を書いてもらった際に届いたもの。」
[1通目:竹腰蓬月より古筆了伴(釣玄)宛ての手紙]
(追伸)
お心に召さないかもしれませんが、いい加減なことはできず、恥入るばかりです。謹んで申し上げます。
(本文)
乙女椿が美しく咲き誇っているのを感心して拝見しました。別荘の花園をお訪ねになる折に、一花見つかりましたら、珍しいお客様とお聞きしておりますので、その方の趣向に合わせてお渡しください。お役に立ちましたら幸いです。私の住まいは質素なものですが、箱の書付につきましては心を込めて執筆いたしました。しかしながら拙い筆跡で申し訳なく思っております。長らく貴重な器の蓋をお預かりしており、心苦しく思っておりましたので、まずはこれをお届けいたします。かしこ。
11月3日 蓬月(花押)
釣玄(古筆了伴)様
[2通目:古筆了伴から加藤正義宛ての手紙]
(追伸)
伊丹氏を通じてご紹介いただきましたが、諸事情により私の方から伊丹氏へご挨拶を済ませておりますので、あなた様からもよろしくご挨拶をいただけますと幸いです。この旨ご承知おきください。
(本文)
昨日はご訪問いただき誠にありがとうございました。実は、私が長年所持してきたこの茶入をあなた様が強くご望みになられました。これは兼ねてより我が家の秘蔵品であり、これまでも多くの方々から譲ってほしいと望まれつつもお断りしてきたものでございます。しかし、この度はあなた様の並々ならぬご熱心さと熱意あふれるお話に感銘を受け、他からのお誘いをお断りしてご要望に応じることといたしました。大切にしてきたものを手放すのは少し寂しく心苦しい思いもございますが、あなた様のお気持ちを無視することもできず、秘蔵のこだわりを捨ててこの度お譲りすることにいたしました。どうか末永くご愛玩ください。この茶入は茶道界において実に賞讃されている品であり、その佇まいや風格は他に類を見ない素晴らしい姿をしております。小堀遠州(宗甫)もつつしんで修復を施し、添えられた書付も大変丁寧になされております。物語のある名品です。これをあなた様が特に深く感銘を受けていらっしゃるご様子に、恐縮ながら大変感服いたしました。そのような理由から、お譲りすることを決意した次第です。これも何かのご因縁かと存じます。私としてもお譲りできることを大変嬉しく思っております。また、これにつきまして丁寧なお礼のご挨拶をいただき、拝受いたしました。もし機会がございましたら、ぜひお茶会にご招待いただけますと幸いです。まずは譲り状を一通差し上げますので、お受け取りください。
明治23年(1890年)1月18日 古筆了伴(釣玄花押)
加藤正義 君 貴下
[3通目:古筆了伴による譲り状および極札]
名物記に記載
春慶文琳茶入
・袋:鯉紋純子
・同:花輪違純子
・挽家:花梨、甲彫字、小堀遠州
・同袋:有柄川
・蓋:二枚
・御物袋:白羽二重
・箱:白木、蓋書 小堀遠州
右は当家にて長年所有してきた茶入でございますが、この度あなた様が強くご所望されましたのでお譲りいたしました。つきましては、貴家にて末永く秘蔵し、愛玩してくださいますよう、ただそれだけを深くお願い申し上げます。
明治23年(1890年)1月18日 古筆了伴(花押)
加藤正義 殿
追記:本文の通り秘蔵の茶入をお譲りいたしましたことに伴い、ご挨拶状とともに謝礼金500円を贈っていただき、お志に感謝して受け取りました。
一極札(一通)古筆了伴
「小堀遠州政一による春慶文琳茶入、挽家の甲彫字、箱蓋の書付の4文字はいずれも松平左近将監乗邑の真蹟であり、袋箱の蓋の銀粉の文字もそれぞれ間違いなく真蹟である。」
丑年6月 古筆了伴
雑記(各種記録の抜粋)
【名物記の記載】
春慶文琳:もと土屋相州(土屋利直)が所持し、その後当方(松平左近将監乗邑)へ伝わる。
寸法:高さ 2寸5分4厘(約 7.7 cm)、胴径 2寸4分6厘(約 7.5 cm)、口径 9分5厘(約 2.9 cm)、底径 1寸2分(約 3.6 cm)、糸切は渦糸切。
袋2点:花輪違純子(裏地:萌黄かべちよろ、緒つがり:薄紫)、鯉の紋どんす(裏地:かべちよろ、緒つがり:遠州茶)。挽家は花梨、袋は有柄川(裏地:錦、緒つがり:薄紫)。蓋は3枚。箱は桐白木。
【古今名物類聚拾遺の記載】
寸法や附属物の記述はすべて名物記と同じ。
【藝庵文庫甲第十七号の記載】
春慶文琳:袋は2つ(いつく島、輪違どんす)。挽家は花梨で彫名に色入れなし。箱の書付は「春慶文琳」。遠州公の作か見分けが難しく、柿色の地に金気が極めて細かく一面にある。雪崩(なだれ)の側の一箇所に山割れの薬が掛かっており、土色は少し薄赤紫、糸切は渦である。
伝来
もと土屋相州の所持であり、その後『三冊もの名物記』の著者である松平左近将監乗邑(まつだいらさこんしょうげんのりむら)に伝わった。さらに古筆家の所有となったが、明治23年(1890年)に古筆了伴から加藤家に納められた。
実見記(実物を観察した記録)
大正9年(1920年)7月17日、東京市麹町区元園町の加藤正義氏の邸宅にて実見した。
口作りの玉縁はり返しが浅く、やや厚手で、甑(こしき)はかなり高く、甑際および胴に沈筋(へこんだ筋)が各1本めぐっている。その胴筋の下において、置形(釉薬の垂れ模様)の部分だけを残し、その他は竹の節や竹篦(へら)で削ったような線が茶入全体をめぐっている。
裾から下は朱泥色の素地を見せており、その土の上には細かい轆轤(ろくろ)目がある。また、小さな釉飛びや横に長い土ほつれ(凹凸)が見られる。
底は平らで、渦糸切が非常に鮮明である。
全体として栗色とも見えるほどの濃い柿金気地(かきかねじ)であり、肩先から同色の置形が雪崩のように一すじ垂れ、両側から合わさって胴の沈筋のあたりで1本の筋となり、裾の土の中まで分かれて留まっている。この置形に向かって右手の腰のあたりに横筋があり、荒々しくなく、釉薬全体の光沢が強く、極めて見事かつ上品な茶入である。
内部は口縁に釉薬が掛けられており、以下には轆轤目がめぐり、全体として無傷である。
【原文】
春慶文琳
中興名物 東京 加藤正義氏蔵
名称
春慶作の文琳茶入なり。
寸法
高 弐寸五分五厘
胴径 弐寸五分
口径 九分
底径 壹寸弐分強
甑高 参分六厘
重量 弐拾壹匁八分
附属物
一蓋 三枚 内二枚 窠
一御物袋 白羽二羽
一袋 二ツ
輪違純子(裏:崩黄海氣、緒つがり薄紫)
鯉紋純子(裏:かべちよろ、緒つがり遠州茶)
一袋箱 桐 黒括合塗 銀紛字形 書付松平乗邑
一挽家 花欄 二重彫 文琳 書付遠州
袋 有柄川(裏:錦、緒つがり薄紫織)
一内箱 桐 白木 書付遠州
春慶 文琳
一外箱 桐 白木 書付竹腰蓬月
名物記に所載之器
春慶 文琳
蓋覆紙の裏の書付如次
名物記に載る所
春慶文琳
外箱は松平左近將監殿所持之比より白木にて有之自分迄傳来に付今般竹腰蓬月殿に書付を乞表之十二字眞蹟也。
安政六未年霜月 古筆了伴家藏
一添盆 丙朱 底黒
方六寸六分 鏡方四寸九分 底方五寸六分 高八分三厘
同箱 桐 白木
釘打の筥
丙朱
一添書付 三通
(包紙の書付)竹腰兵部少輔蓬月君手紙外箱表認メもしひ候砌來ル
猶々書付之事
あはれ御氣に入らずと存候へども、おゝろに任せず恥入申候、穴賢。
乙女椿ひらさかね徐りに残念存候間、別荘の花園相尋させらるゝ折一花見出候ハゝ、御珍客と承候にまかせ、心斗をもたせ被進候御用にも相過候はゞ本廬に不過候箱之書付隨分精心を盡認候へ共、筆之拙斗に候、是非なく候、永々御重器之ふた御預申置段心うく候間、先はもたせ参らせ候、かしく。
霜月三日 蓬月(花押)
釣玄様
猶々伊丹氏を以て抑々御紹介に候へども、少々都合により、小生よりは同氏へ挨拶いたしました兼候間、貴君よりよろしく御挨拶被成下度希上候、此段も御承知被下度候。
昨日者尊來被下候、早々に奉存候、陳者恩老所持之茶入御所望被下、右は兼々秘藏之品にて、折々は諸氏より所望有之候へども、斷然預り居候所、貴君熱心の上段々御懇話に付他を辭し候て應貴命候、もちと心苦敷候へども、貴君御芳慮もだしがたく、秘藏の念をたち、此度永々御讓申上候間、御愛翫被下候様、懇願被存候、此茶入は宗中まことに賞美にて、其景威風情他に比類なき姿ゆる、宗甫も謹而修覆、且はこ書も念入置候、趣物がたりに御座候右を貴君ことに御感心之御様子には乍憚一段と感伏仕候、旁以て御讓り申上候心持に決定仕候、これも御因縁と存上候、仍て愚老に於ても御譲申上候て大慶に存候、又右に付御念入候挨拶被下拜受仕候、自然御用ひ御茶事はせひゝ御招奉希上候、先は御譲り一通差上度、御入手被下度候。
廿三年一月十八日 古筆了伴(釣玄花押)
加藤正義君
貴下
名物記に記載
春慶文琳茶入
袋 鯉紋純子
同 花輪違純子
挽家 花琳 甲彫字 小堀遠州
同袋 有柄川
蓋 二枚
御物袋 白羽二重
箱 白木 蓋書小堀遠州
右は拙家年来所有之茶入に候所、貴殿此度強て御所望付御譲申候然る上は於貴家永く御秘藏愛翫被下度是のみ懇願に御座候也。
明治二十三年一月十八日 古筆了伴(花押)
加藤正義殿
追て本文秘藏の茶入御譲り申上候付爲御挨拶金五百圓也御贈被下、御芳志添受納仕候也。
一極札 一通 古筆了伴
小堀遠州守政一春慶文琳茶入、挽家甲彫字箱蓋書付之四字共松平左近將監乘邑、袋箱蓋銀粉々字、各眞蹟無疑者也。
丑六月 古筆了伴
雑記
春慶文琳 元土屋相州、其後手前(松平左近將監乘邑)へ来る。高さ二寸五分四リン、胴二寸四分六厘、口九分五リン、底一寸二分渦糸切なり。袋二、花輪違純子(裏もえぎかべちよろ、緒つがり薄紫)、鯉の紋どんす(裏かべちよろ、緒つがり遠州茶)。挽家花琳、袋有柄川(裏にしき、緒つがり薄紫)。蓋三枚。箱桐白木。(茶入圖あり)
(名物記)
春慶文琳(寸法、附属物の記事、全く名物記と同じ)
(古今名物類聚拾遺之部)
春慶文琳 袋二、いつく島、輪違どんす。挽家かりん、彫名色不入、箱春慶文琳、慶公か難見分柿地共置方、金氣極こまかに一面にあり、なだれの側一所山われ薬掛る、土色少々薄赤紫、糸切渦。
(藝庵文庫甲第十七號)
傳来
元土屋相州所持にして、其後三冊しの名物記の著者松平左近將監乗邑に傳はり、更に古筆家の有と爲りしが、明治二十三年古筆了伴より加藤家に納まる。
實見記
大正九年七月十七日、東京市麴町區元園町加藤正義氏邸に於て實見す。口作玉縁括り返し淺く、稍厚手にて飯可なりに高く、飯際及び胴に沈筋各一線を繞らす、にして其胴筋下に於て唯置形の邊のみを残し、其他堅踊篦腰襲の如く茶入全體を廻る、裾以下朱泥色の土を見せ、其土の上に細かなる轆轤目あり、又小さき釉飛び及び横長き土ほつれあり、平面底にて渦糸切頗る鮮明なり、總體栗色とも見るべき程の濃き柿金氣地にて肩先より共色の置形一ナダレ、双方より落合ひ胴沈筋の邊に至り一筋と成り、裾土中まで頒れて止まる、此置形に向つて右手腰の邊に横騷がしからず、釉總體光澤強く、極めて美事に上品なる茶入なり。内部口縁釉掛け、以下轆轤目繞る總體無疵なり。


