飛鳥井孝太郎 あすかいこうたろう

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鶴田 純久の章 お話

明治の窯業界の先覚者で洋式製陶の創始者。
清の長男で、1867年(慶応三)加賀国大聖寺(石川県加賀市大聖寺町)に生まれました。
1890年(明治二三)東京工業学校(現東京工業大学)を卒業、1896年(同二九)森村組に入り翌年ドイツに留学、さらに1900年(同三三)大倉孫兵衛と共にヨ一ロッパ各国を視察、帰国後は日本陶器会社の技師長となってわが国最初の洋式工場に成功。
1910年(同四三)別に名古屋製陶所を建てて取締役技師長となりました。
1927年(昭和二)7月没、六十一歳。
温厚・親切・多才な人柄で、趣味を理解し文筆にすぐれ、当代窯業技術家中の逸材でありました。
(塩田力蔵)

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