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やきもの

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仲村渠致元 なんだかりちげん

琉球(沖縄県)の陶工。幼名真蒲戸、中国名用啓基俗称を仲村渠筑登之親雲上という。1696年(康熙三五、元禄九)八月十九日生まれ。琉球焼中興の祖として有名。またその子孫に致真という者がおり、天保年間(1830~144)中国清朝に渡り彩画の方法を...
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中村亀一 なかむらかめいち

肥前有田の陶工。明治期の人で、辻勝蔵と並んで宮内省御用品を製作した。(『有田古陶磁銘款集』)
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永原英造 ながはらえいぞう

出雲国(島根県)の陶工。二代永原与蔵建定の三男。永山亭と号した。初め神楽崎焼隅田仙亭を助けてこれを大成させた。その作品のうち立体像などは多く英造の作である。のち宝永山焼に職長として手腕を振ったが、時期がまだ至らなかったの失敗して帰った。以後...
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中原要 なかはらかなめ

佐賀県西松浦郡今岳村(伊万里市)の陶画工。1870年(明治三)黒華磁器の製作を思い立ち、黒料を求めて財産を使い果たし片目を失って十年余りの間苦労を重ね、ついに1884年(明治一七)素志を遂げた。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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長浜焼 ながはまやき

石見国那賀郡長浜村(島根県浜田市長浜町)のやきもの。永見焼ともいう。慶長年間(1596~ー1615)初代永見房造が創始。三代房造は1766年(明和三)同郡都濃村大字嘉久志(江津市嘉久志)にいた春陽堂富春について製造法を学び巌焼と称した。四代...
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長浜湖東焼 ながはまことうやき

滋賀県坂田郡長浜町(長浜市)において西村杏翁創製したもの。杏翁は早くから磁器に上絵を付けることを趣味とし、山口窯・円山湖東焼の素地を用いのち赤絵をも絵付したが、1870年(明治三)邸内に古窯を築き陶磁器を焼くようになった。陶工に喜之介・定治...
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長田山窯 ながたやまがま

長崎県東彼杵郡波佐見町井石字長田山の古窯。慶長(1596~1615)末年朝鮮人祐慶(のち帰化して中野七郎右衛門と称する)兄弟の開窯と伝えられ、初め陶器を、のち磁器をつくった。(金原京一)
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中里丑太郎 なかざとうしたろう

肥前国三川内(長崎県佐世保市三川内町)の轆轤工。薄手物に巧妙であった。1862年(文久二)六月没、32歳。(寺内信一)
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中川二作 なかがわにさく

加賀国能美郡長野村大長野(石川県能美市大長野町)の陶家。1863年(文久三)より九谷庄三につき陶画を修め、1870年(明治三)独立して陶画業を始めました。以来釉法の改良・製法の研究・組合の結成・後進の養成などに力を尽くし、それにより村民あげ...
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中尾米吉 なかおよねきち

筑後国(福岡県)二川焼の陶工。もと肥前国(佐賀県)弓野焼の陶工であったが、西南の役に人夫として従軍し、戦後たまたま二川焼の廃絶しているのを見て一行数名と共にこれを再興した。以来二川焼は古い小代焼の作風を捨て弓野焼伝統の松絵などの製品を産した...