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やきもの

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懐石道具 かいせきどうぐ

茶会の食事を懐石料理または懐石といい、その食器を懐石道具と称します。修業中の禅僧が温石をふところにして一時の空腹をしのぐことからこの名あります。簡素・淡白な季節料理で本来は亭主自ら料理すべきものとされます。炉の場合、風炉の場合、または口切り...
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音羽屋九郎兵衛 おとわやくろべえ

京都音羽焼の陶工。清閑寺(東山区)に住んでいたが宝暦年間(1751-64)清水に移り磁器を製しました。清水焼といったといいます。(『工芸志料』)
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思河 おもいかわ

中興名物。国焼茶入、唐津焼。銘は小堀遠州の撰、『壬生集』藤原家隆「思河まれなる中に流るなりこれにもわたせ鵠の橋」の歌意によります。思河は福岡県筑紫郡にあり逢初川・漆川とも呼びます。古歌には思初川・思川とあり、唐津焼から連想したらしいです。切...
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下ろし皿 おろしざら

山芋・大根その他を下ろして食用に供する時使用する陶器の皿。室町時代以後明治に至るまでの瀬戸あたりの窯に多いようです。
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回全 かいぜん

永楽の十二代保全の養子西村宗三郎。京都の漆工佐野長寛の次男。1851年(嘉永四)に十八歳で保全の養子となり善次郎と称し、次いで宗三郎と改めました。のち保全は紅釉の研究に没頭し実子和全と合わなくなりますと、宗三郎を深く気に入り、そのあとを宗三...
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音羽屋惣左衛門 おとわやそうざえもん

京都清水五条坂焼の元祖と伝えられます。1641年(寛永一八)頃愛宕郡清閑寺領字丸山(後代の茶碗坂、東山区)に住みやきものを業としましたが、九代の1819年(文攷二)頃になって衰えたため窯を丸屋佐兵衛に譲りました。のち1847年(弘化四)頃丸...
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思河手 おもいかわで

思河真中古茶入の一手。中興名物思河が本歌。この手に属する名物としては思河・岩浪が現存し、面影は存滅不明であります。(『茶道名物考』)
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尾張新製 おわりしんせい

尾張瀬戸の青花磁器。尾張国(愛知県)の陶業の発祥は極めて古いといいますが、青花磁器を製し始めたのは享保年間(1716-36)のことであります。そのため在来の陶器製造を本業といい、磁器製造を申請といいます。初め製品は肥前(佐賀・長崎県)の精巧...
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蟹爪文 かいそうもん

二説があります。一つは蟹爪のような形をした開片すなわち裂文であるといい、その基づくところは『博物要覧』の「官窯質の隠紋は蟹爪の如し。脊窯質の隠紋は魚子の如し」という章句にあります。右の隠紋が開片の意味であるなら蟹爪文もまた開片の一つであるは...
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音羽山 おとわやま

中興名物。破風窯茶入、音羽手本歌、略称音羽。銘の由来は、京の町人かすばらしい茶入を所蔵していることか小堀遠州の耳に入って、数年ののち遠州はこれを伏見の里で手に入れましたが、その聞の憧れの意をこめて音羽山と銘としました。おそらく『古今集』恋歌...