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陶芸

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喜平 きへい

彦根藩窯湖東焼の陶工で、また藩窯を継いで山口窯を起こしました。彦根外船町の人、父と共に絹屋窯にいましたが、藩窯となっても引き続き御抱えとなり。1858年(安政五)9月一人扶持、同10月にはさらに一人扶持を与えられ廃窯まで従業しました。喜平は...
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旧京窯 きゅうけいよう

中国宋代政和年間(1111-17)汁京(河南省開封)に置いた官窯。旧官窯に同じ。おそらく汁京が北宋の都であったために旧京と呼んだのであるでしょう。※きゅうかんよう
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久太 きゅうた

化政期(1804-30)の京都の陶工岡田久太。別に桜久太とも呼ばれ急須の名人として知られます。その伝はいまだ不明だが加賀国(石川県)の人かともいいます。鮮かな琥櫨の特技で一時木米の窯にいましました。「唐急ひしやうの名人也、人柄至て崎なり、ゆ...
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亀鳳 きほう

明治初年頃の京都清水焼風のものにこの銘款があります。その陶師および窯は不詳。
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鳩軒 きゅうけん

銘款。モースはこの銘のある深皿を寛政(1789-1801)頃の作とみなし、坏土・釉ともにまったく豊前陶器の外観を呈するといい、別説にはこれを豊前国香春村(福岡県田川郡香春町)の産とします。(『日本陶器目録』『日本陶磁器と其国民性』)
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九桃 きゅうとう

枝葉が連帯している桃果九個を描いた図柄。中国清代康煕窯の大瓶がこれで有名。その後この図を描いた瓶・綴・盤・怨などが行われ。また桃果八個から二十余個を描いたものが現れるに至りました。(『飲流斎説甕』)
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来待石 きまちいし

島根県松江市宍道町来待およびその付近に産する凝灰質砂岩で、文化(1804-18)以降布志名焼・石見焼などの釉薬原料に用いられ、近年は県外にも移出。
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九孔 きゅうこう

一体に九つの口のある瓶をいいます。中国における瓶嬢の製は体製がますます出てますます奇怪となりついに九孔を有するに至りました。これはまた五孔をおし広げたものであります。豆青地に砕花をなすものが多いようです。清朝道光年代(1821-50)に異を...
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久東山善造 きゅうとうざんぜんぞう

久東山は号で善造は通称。伊勢国津(三重県津市)の西南の一志郡久居の大口山で、土瓶・急須などの雑器をつくりましました。一説によると安東焼の師だったともいいますが、詳細は明らかでないようです。(『日本陶工伝』)
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木守 きまもり

名物。楽焼き茶碗、赤、長次郎七種の一つ。かつて利休が数十個の茶碗を並べて門人に選び取らせたところ、この茶碗一つが残ったところから木守といいます。世間で柿の実を採り終えた後、また来年も実るようにと祈って一つ実を残しておくことを木守というためで...