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即色 そくしき

中興名物。金華山茶入、二見手。銘はその無景なのを色即是空の禅味に思い寄せた江月和尚と大有居士小堀遠州との合作の物数寄であります。小堀遠州から大多喜藩主松平備前守、阿部豊後守、堀田相模守、大坂屋庄三郎らを経て、1787年(天明七)姫路藩主酒井...
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曾木窯 そぎがま

美濃国土岐郡曾木村(岐阜県土岐市曾木町)にありました。元亀・天正(1570-92)の頃、景正十八代の孫唐三郎・仁兵衛は同村郷ノ木に移り製陶に従いましたが、1610年(慶長一五)尾張藩祖義直に召還されました。その後貞享年中(1684-8)に開...
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祖懐 そかい

銘。天保・嘉永年間(1830-54)の尾張瀬戸の陶工新九郎は、初めその製した磁器に「祖母懐」の印を款しましたが、尾張家の停止するところとなり、その後は所掲の印に改めました。(『をはりの花』)
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副田喜左衛門 そえだきざえもん

肥前鍋島藩士、日清と号しました。京都の人で慶長・元和(1596-1624)の頃肥前国松浦(長崎県松浦市)に来ましたが、同郷の善兵衛という者の手引きによって高原五郎七の弟子となり、共に有田岩谷川内(佐賀県西松浦郡有田町)に移り青磁の焼成に従事...
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副島雲谷 そえじまうんこく

肥前国(佐賀県)の陶工。もと朝鮮人。寛永年間(1624-44)に蓮池藩主鍋島直澄に召されて名を副島茂右衛門と改め、雲谷と称して同国吉田村皿山(嬉野市嬉野町吉田)に築窯しました。のち同村梨ノ木田(同)に陶土を発見し、当時の制限であった窯家十八...
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草梁鎮 そうりょうちん

朝鮮釜山の旧地。釜山から約四キロの地。釜山窯はまた草梁鎮窯といいます。※ふざんよう
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草楽印 そうらくいん

楽家九代了入(初名惣治郎)が1811年(文化八)以後仏門に入り了入と改めた晩年約二十三年間の作品をいいます。印に草書の楽の字を捺したことによります。(『楽陶工伝』)※りょうにゅう
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喊窯 ぞうよう

『景徳鎮陶録』に従えば、中国清朝康煕年間(1662~1722)に喊応選の督理した景徳鎮の官窯で、土は埴賦で質は螢薄であるようで、諸色を兼ね具え蛇皮緑・鮪魚黄・吉翠・黄斑点の四種が最も佳で、その涜黄・僥紫・溌緑・吹紅・吹青もまた美しく、後年の...
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爪文 そうもん

器に裂痕がありそれがほぼ爪状をなすものをいいます。沸騰した水を注いだり窯に風が吹き込んだことによってできます。(『匋雅』『飲流斎説甕』)
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宗味 そうみ

田中宗味。名は庄左衛門。田中宗慶の子で、吉左衛門常慶の兄であります。元禄(1688-1704)頃までの楽窯系譜では長次郎の次の二代目になっていて、常慶が三代目になっていますが、どういう理由からか、その後の系譜では庄左衛門は楽代々から省かれて...