金継ぎを受け賜っています。お気軽にお問い合わせ下さい。

胡銅 下蕪耳付 銘 青海波

胡銅 下蕪耳付 銘 青海波
胡銅 下蕪耳付 銘 青海波

大名物
付属物 内箱 黒塗 金粉文字 書付
添状 朝吹英二筆
所載 古今名物類聚
寸法
高さ:25.5cm 口径:6.4cm 胴径:13.0cm 底径:9.0cm 重さ:1360g

 この花入は福沢諭吉門下の実業家朝吹英二(柴庵)が、東都池端の道具商斉藤万蔵方の店頭から掘り出し、大名物と認定した。この柴庵一代の掘出し話は、高橋箒庵の『東都茶会記』などに記録され、明治時代を賑わした花入である。そのあらましは、つぎの朝吹英二筆の添状を一覧ありたい。
玩具名物記第拾弐御花入の部いろは水戸様ニアリ名物類聚ニ青海波かねの物水戸様ヨリ諸家様茶事之記寛永六年巳八月十日水戸殿房卿エ将軍様渡御相伴駿河忠長卿藤堂高虎立花宗茂、掛物中院墨跡笙茶入又瓢茶碗柴筒花入昔松原御花入百メ目ニクキ打事新虚候トアリ
守山旧記伝蔵録ニ御花生唐物方青海波現植様ヨリ源威様エ遺セラレ源威様ヨリ刑部様エ進セラレ以後代々御譲品トアリ

権現ハ家康、源威は水戸藩祖頼房、刑部ハ頼房ノ子、水戸ノ分家奥州守山の藩祖頼元ナリ守山藩ハ俗ニ大学様ト云フ(中略)
明治三十二年八月十二日下谷仲町斉藤万蔵氏ヲ介シ旧守山藩主子爵松平頼平氏ヨリ譲受ル
守山旧記ノ一部松平頼平譲状及唐純子古袋添
明治卅二年八月於東京
 朝吹英二
 その後、益田鈍翁がこれを所望したので、朝吹柴庵も譲ることとなり、そのときの書簡中の末に自作の歌を添えている。
嫁入はめでたけれども親心
うれしくもありかなしくもあり
 この花入を一見するに紫銅の金味無類の上作である。両耳、頸廻り、高台廻りの彫文はっきりし、全体の形は凛々しく男性的にひきしまって、あたかも甲冑を着けた武者姿を想像させる。
 私見ではあるが、明寿埋忠(足利義昭時代の金工、豊公にも仕う)のごとき甲冑師の作のようにも思われる。胡銅といえば一概に唐物のように思われているが、案外にも日本名工の作が潜在しているのではなかろうか。なぜならば、胡銅花入の所蔵者の多くは将軍家、大々名家なので、お抱え職人の作品と思われるのがあるからである。

タイトルとURLをコピーしました