大阪府豊中市野畑(旧豊能郡桜井谷村大字野畑)を中心に分布する須恵器窯跡群。
窯跡は島熊山(海抜一二一メートル)の西・南麓に広がる洪積丘陵上に点々と所在します。
この窯跡群は古墳時代を中心として栄え、その成立期は五世紀末から六世紀前半の時期までさかのぽる。
畿内ではその起原が五世紀末から六世紀前半の頃までさかのぽる窯跡は、同じ大阪の陶邑窯・千里山窯とこの桜井谷窯だけであります。
桜井谷古窯址群の規模は明確でありませんが、現在その所在が確認されている窯跡だけでも数十基を数えることができます。
この窯跡群は五、六世紀における数少ない地方窯の一つとして、その製品は近隣一帯の地に供給されていました。
ただこの窯跡群の所在地は地理的にも陶邑窯と近く、製品の種類や製作手法など陶邑窯の製品と比べて特に顕著な差異は認められないようです。