オ一ストリア博覧会 お一すとりあはくらんかい

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鶴田 純久の章 お話

1873年(明治六)オ一ストリアの首都ウィ一ンで開催された博覧会。
幕末に一度万国博覧会に参同しましたが、明治政府としてはこれが最初の博覧会事業でありました。
当時のわが国には新工業がなかったので旧来の工芸品を主として出品しましたが、たちまちにヨ一ロッパ人の注目を引き、今まで未開国のように思われていたわが国は一躍して古い文化の国とされ、急に日本研究が促進されました。
ここに工芸貿易の端緒が開けましたが、特にこれを機に派遣された伝習生か各種の新技術を将来し、陶磁器方面では納富介次郎・河原忠次郎・丹山陸朗らか、直焔式円筒窯・洋風上絵付・石膏型・水金などをわが国に伝えました。

納富介次郎

納富介次郎ウィキペディア

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