Teotihuacan土器 テオティワカンどき

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鶴田 純久の章 お話

メキシコシティーの北、海抜二三〇〇メートルの高地にある都市遺跡を中心とした文明に属する土器。紀元前後から十世紀頃の古典期に含まれる。
初期の土器は一般に単色で平底・球形の壺であり、返りのある大きな首や胴に不釣合いを思わせるものがある。色は黒・褐・セピアなどで装飾は浅い刻文風。レリーフで神像を示すものもある。ことに雨神が多い。球根型の胴にラッパ状の首がみられ、皿や小さい三足のある筒型鉢などもある。約三百年にわたるこの時代の次には、豊富な色彩と多様な形の土器の時代がくる。有名なのはフレス技法で飾ったフレスコ土器といわれるもので、表面は薄い漆食質の薄膜でおおわれる。この膜の一部を掻き取り、他の色付きの漆食質を詰め込んで文様がつくられる。いわゆる象嵌に相当する。
また青・緑・ピンク・白などで陰影風の彩色もなされる。しかし技術的には不安定なので完器はきわめて少ない。この技法は後世まで行なわれ、黒や黒褐色のスリップに浅いレリーフを施し、辰砂を詰めたりもした。そのほか型押しの神像も多く知られている。八世紀の初めからこの文化は衰え始め、工人たちの技能の低下が現われて芸術性は失われた。(Bushell『Ancient American Pottery』)

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