赤絵九谷 あかえくたに

marusankakusikaku
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鶴田 純久の章 お話

一名新九谷。
1877年(明治一〇)頃松本佐平らの工夫によって起こった赤絵の一種で、いわゆる八郎手の様式とは異なる手法のものです。
明治に入ると九谷焼の陶画はほとんど西洋風顔料を使用し、従来の青九谷絵の具は顧みずことごとくこの新しい絵付法を用いました。
その名称は従前の青九谷に比べて西洋顔料のものは全体が赤味がかってみえるところから出ました。
その陶画工を特に赤絵師と呼びます。
また当時西洋顔料を俗に「洋薬」と称し従来の青九谷風彩釉を「和薬」といきましました。
洋薬は和薬に比べ使用法が簡単なうえ繊細で緻密な技巧が発揮できるため、現在は大衆的な美しいものに洋薬を用い鑑賞的芸術品には和薬を多く用います。
(『九谷陶磁史』)

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