上野藤四郎 あがのとうしろう

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鶴田 純久の章 お話

肥後国(熊本県)高田焼の陶工。
初代藤四郎は喜蔵の次男。
1632年(寛永九)父兄と共に豊前国(福岡県)から移って来ました。
藤四郎には二子があり、次男の太郎助は分家して一家をなし、忠兵衛の家と共にみな俸禄を世襲し士籍に入って三家とも盛んに業を営んです。
四代藤四郎の時に窯の構造を改良し黒白嵌土の方法を案出、この時には釉法もまた紫色に改まったようであります。
1885年(明治一八)には次郎吉の代で、その父は東四郎といって非常な巧手でありました。
(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)

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