


唐物耳付(からものみみつき)
中興名物 伯爵 酒井忠道氏 蔵
名称
唐物の耳付茶入である。略して唐耳付ともいう。
寸法
高さ 約5.9cm(1寸9分半)
胴径 約8.5cm(2寸8分)
胴回り最大部 約26.7cm(8寸8分)
口径 内寸 約3.0cm(内のり1寸)、外寸 約3.8cm(外のり1寸2分5厘)
底径 約3.3cm(1寸1分)
甑(こしき:首の部分)の高さ 約0.6cm(2分)
重量 約100.1g(26匁7分)
附属物
・蓋 2枚 窠(す:模様)あり
・蓋箱 桐 白木 書付は小堀遠州
「耳付 唐」
なお、次のような添書付がある。
「唐物耳付」
「姫路御宝蔵にある
唐物耳付御茶入
替蓋二箱入り
右は小堀家よりお譲り受けたにつき
右の御茶入に添え申すこと
未の年6月16日」
・御物袋 絽松葉小紋 結び紐は茶色
・袋 2つ
浪梅紋純子(裏地は海気、結び紐は萌黄)
笹蔓純子(裏地はビロードの海気、結び紐は茶色)
・袋箱 黒掻合塗(くろかきあわせぬり)朱漆の書付
「唐耳付 袋」
・挽家(茶入を納める筒)大きな象牙のくりぬき 金粉の書付 遠州の筆
袋 桃花唐花織縫(裏地は五色縞の純子、結び紐は遠州茶色)
箱 黒塗 金粉の文字 宗甫(遠州)の筆
「唐耳付 袋 白天鵞絨(白いビロード)」
・添盆 菊唐蒔絵の朱塗りの四方盆 覆輪は砂張(さはり)底は黒塗
四方 約22.4cm(7寸4分)、中の四方 約15.2cm(5寸)、底の四方 約16.4cm(5寸4分)
箱 桐
唐物耳付
菊唐蒔絵 朱方盆
雑記
寛永13年(1636年)7月13日朝 亭主:小堀宗甫(遠州)
客:甫庵、道閑、宗玄、亀庄兵衛、岡庄右衛門
・床の掛物:利休の文
・茶入:唐物耳付(ただし、奈良屋道翫の茶入)
・花入:砂張(金の無地)花は薄色の蓮の花と立葉が一つ
・茶碗:瀬戸
(『小堀遠州茶湯日記』より)
(年号不明)6月19日朝 亭主:小堀宗甫
・掛物:徹翁
・茶入:唐物耳付(朱塗りの盆に載せる)
・花入:大口 花は蓮
・茶碗:雲の絵の染付
(『遠州百会茶湯』より)
安永9年(1780年)11月20日 亭主:小堀宗友
・床の掛物:松花堂の大燈国師の像(江月の賛)
・花入:宗甫作の一重切 花は白玉椿
・茶入:唐物耳付 盆は張盛の作
・茶碗:瀬戸の天目形
(『古今茶湯集』より)
耳付唐物 土屋左門が所持。高さ約5.9cm(1寸9分半)、胴の帯の部分で約8.5cm(2寸7分9厘)、口径約3.9cm(1寸2分8厘)、底径約3.0cm(1寸)。袋は3つ、渦純子(裏地は萌黄の海気、結び紐は遠州茶色)、笹蔓緞子(どんす)(裏地は海気、結び紐は紫色)、小石畳緞子(裏地は海気、結び紐は紫色)。御物袋は桃色の紋純子の両面(結び紐は遠州茶色)。蓋は1枚で窠(す)あり。挽家(筒)は鉄刀木(たがやさん)、書付は金粉で遠州の筆跡。袋は桃花唐花の織縫(裏地は五色島の緞子、結び紐は遠州茶色)。(茶入の図あり)
(『名物記』より)
耳付 唐物(寸法や附属物の記述は『名物記』と全く同じで、所持者の名前と茶入の図はない)
(『古今名物類聚』拾遺の部より)
明治4年(1871年)、大坂伏見町にて行われた姫路侯(酒井家)の入札
小堀家伝来
唐物耳付茶入 箱は遠州の書付、添盆は唐物の葉入りで同箱は遠州の書付、蓋箱も遠州の書付、包紙は宗中公の筆。袋は笹蔓、縞モール、本手蜀江錦、梅浪純子。袋箱の書付は遠州。
(『姫路侯入札目録』より)
伝来
もとは小堀遠州が所持し、土屋左門に伝わった。その後、姫路の酒井家の所蔵となったが、明治4年(1871年)辛未の年、大坂伏見町において同家の蔵器が入札売却された際、現在の所持者である若州酒井家に納められた。
実見記(実際に見た記録)
大正8年(1919年)4月28日、東京市牛込区矢来町の酒井忠道伯爵邸において実物を見た。
唐物耳付茶入で、口の作りは折り返しが極めて浅く、甑(こしき)は低くて下が張り出している。肩の両端には小さな穴のある火打耳が向かい合って立っている。浅黄色の下地の上に、黒い上薬(うわぐすり)が滴るように光沢を放ち、東呉(とうご:中国の窯)と称される種類に属するもののようである。胴には黒い筋が一回りしており、糸切りの中央には深い一本の曲線がある。釉薬は深く掛かっており、底には鼠色の土を見せ、縁の周りはすり減っている。おそらく福建省もしくは中国南方の産で、天目窯の焼き物であろう。
小堀遠州がこの茶入に取り合わせた「唐物菊蒔絵朱四方盆」は、寸法や色彩が最もよく似合っており、格好が優美であることこの上ない。おそらくこの茶入は、中国においては最初から茶入として作られたのではなく、耳の穴に紐を通して薬を入れる容器などに用いられたものであろう。とにかく、類のない珍しい名器と言うべきである。
【原文】
唐物耳付
中興名物 伯爵 酒井忠道氏藏
名稱
唐物の耳付茶入なり略して唐耳付ともいふ。
寸法
高 壹寸九分半
胴徑 貳寸八分
胴廻り最大部八寸八分
口徑 内のり壹寸 外のり壹寸貳分五厘
底徑 壹寸壹分
甑高 貳分
重量 貳拾六匁七分
附属物
一 蓋 二枚 窠
一 蓋箱 桐 白木 書付遠州
耳付 唐
なほ次の如き添書付あり
姫路御寶藏に有之
唐物耳付御茶入
替蓋二箱入
右小堀家より御譲受に付
右御茶入に添申候事
未六月十六日
一 御物袋 絽松葉小紋 緒つがり茶
一 袋 二つ
浪梅紋純子 裹海氣 緒つがり萠黄
笹蔓純子 裹天鵞絨海氣 緒つがり茶
一 袋箱 黒掻合塗 朱漆書付
唐耳付 袋
一 挽家 大象牙くりぬき 書付金粉 遠州筆
袋 桃花唐花織縫 裹五色縞純子 緒つがり遠州茶
箱 黒塗 金粉字形 宗甫筆
唐耳付 袋 白天鵞絨
一 添盆 菊唐蒔繪朱方盆 覆輪砂張 底黒塗
方七寸四分 中方五寸 底方五寸四分
箱 桐
菊唐蒔繪
朱方盆
雜記
寛永十三年七月十三日朝 主 小堀宗甫
客 甫庵 道閑 宗玄 龜庄兵衛 岡庄右衛門
一 床 利休文
一 茶入 唐物耳付 但しならや道翫茶入
一 花入 金の無地 花薄色蓮花立葉一ツ
一 茶碗 瀬戸
(小堀遠州茶湯日記)
(年號不明)六月十九日朝 主 小堀宗甫
一 掛物 徹翁
一 茶入 唐物耳付 朱の盆に載る
一 花入 大口 蓮
一 茶碗 雲染付
(遠州百會茶湯)
安永九年十一月二十日 主 小堀宗友
一 床 松花堂大燈國師像 江月賛
一 花入 一重切宗甫作 花白玉椿
一 茶入 唐物耳付 盆張盛作
一 茶碗 瀬戸天目形
(古今茶湯集)
耳付唐物 土屋左門所持。高一寸九分半、胴帶にて二寸七分九厘、口一寸二分八厘、底一寸。袋三ツ、うづ純子(裏萠黄海氣 緒つがり遠州茶)、さゝつるどんす(裏かいき 緒つがり紫)、小石疊どんす(裏海氣 緒つがり紫)、御物袋桃色紋純子兩面(緒つがり遠州茶)、蓋一枚窠。挽家たかやさん、書付金ふん遠州筆跡。袋桃花唐花織縫(裏五色島どんす 緒つがり遠州茶)。(茶入圖あり)
(名物記)
耳付 唐物 (寸法附属物の記事全く名物記に同じ、所持者の名及茶入圖なし)
(古今名物類聚拾遺之部)
明治四年大坂伏見町に於て姫路侯入札
小堀傳來
唐物耳付茶入 箱遠州、添盆唐物葉入同箱遠州、蓋箱遠州、包紙宗中公筆。袋笹つる 縞もうる 本手蜀金、梅浪純子。袋箱書付遠州。
(姫路侯入札目録)
傳來
元小堀遠州所持にして土屋左門に傳はり、後姫路酒井家の所藏たりしが、明治四年辛未大阪伏見町に於て同家藏器入札賣却の際現所持者たる若州酒井家に納る。
實見記
大正八年四月二十八日、東京市牛込區矢來町酒井忠道伯邸に於て實見す。
唐物耳附茶入、口作拈り返し極めて淺く甑低く下張り、肩の兩端に小孔ある火打耳相對立せり、淺黄地色に黒上釉光澤滴るが如く、東呉と稱する種類に屬する者の如し、胴に黒筋一線を繞らし糸切中央に深き一曲線あり、釉掛り深く底に鼠色土を見せ縁廻りを磨り減らせり、蓋し福建若くは支那南方の産にて、天目窯の燒物なるべし。小堀遠州が此茶入に取合せたる唐物菊蒔繪朱四方盆は寸法色彩最も能く適合して恰好優美なる事言はん方なし、蓋し此茶入支那に於ては茶入として生れたるに非ず或は耳の孔に紐を通して藥器などに用ひたる者ならんか、兎に角無類の珍器と謂ふべきなり。



