


胴高(どうだか)
所蔵 男爵 益田孝 氏 所蔵
名称
『茶器弁玉集』に「茶入の胴体が高い位置にあることからこの名がある」とあり、津田宗及の『宗及記』天正9年(1581年)11月19日朝の塩屋宗悦茶会の条に「茶入を始めて拝見した。胴高である。土は良くないが、薬(釉薬)は良い。口の作りが良くない」とあるため、この頃にはすでに「胴高」の名があったことが分かります。
紀州徳川家に伝来した「胴高」は中国製(唐物)であり、「紀伊胴高」と呼ばれます。一方、この茶入は古瀬戸(日本製品)であり、新発田藩主溝口家に伝来したため「溝口胴高」と呼ばれています。
寸法(センチメートル換算)
・高さ:約 9.7 cm (3寸2分)
・胴径:約 7.4 cm (2寸4分5厘)
・口径:約 4.5 cm (1寸5分)
・底径:約 4.8 cm (1寸6分)
・肩幅:約 0.9 cm (3分)
・甑高(こしだか):約 1.1 cm (3分6厘)
・重量:約 142.5 g (50匁3分 / 1匁=3.75g換算)
附属物
・蓋 1枚(このほかに木形に付けられた替蓋が1枚)
・仕覆(仕覆袋)3枚
- 柿地菱紋仕覆
- 茶地雲紋仕覆
- 白地妙心寺仕覆
・袋箱:桐製・白木(小堀遠州の書付あり)
・木形:花梨製・象牙蓋付き(箱入り)
・挽家(ひきや):銭刀木(せんとうぼく)製、金粉の文字入り
- 袋:紺地亀甲牡丹丸紋唐織(裏地は丹色のさや形仕覆、紫の緒)
・内箱:桐製・春慶塗(小堀遠州の書付あり)
・外箱:桐製・春慶塗
・添書付 1通(覚書)
- 覚(内容):
・茶入 胴高肩衝
・茶入 盤
・茶入 大概
・掛け物 唐僧の筆(東関極・龍雲洞道釣)、江月和尚の外題あり
・香炉 青磁四方(箱に千利休の書付あり)
(右の5点の道具は、小堀遠州(和泉守)殿より昨年12月1日に質物として引き取り、資金をお立て替えしたところ、返済が困難となったため道具5点とも当方に譲渡されました。この度信州様へ500両で売却し、代金は全額回収いたしました。つきましては、小堀家からの借用手形および道具譲渡手形の2通をお送りいたします。)
元禄8年(1695年)6月28日 縣宗知(より、高久助之進殿・寺尾儀太夫殿・君字左衛門殿へ)
・添巻物 1巻(小堀遠州 筆)
道具の取り合わせに関する書付(「無官」「胴高」「たきなみ」「八重桜」などの記述あり)
・添書付 1通
預かり道具5品(ほたる 小判170両、胴高 525両、たいがい 522両2分、青磁雲足 70両、黒鑵 210両、合計 1032両2歩)
雑記(各文献より)
・『松屋筆記』
胴高は中国製にも瀬戸製にも存在する。口が高く、上下ともに内側に広がった形状をしている。
・『名物記』
溝口伯耆守の所持。寛保3年(1743年)2月4日に拝見した。茶碗のようであり、土を見せている。6本の筋があり、おかめおこし底。
(寸法:高さ 約 9.7 cm、胴径 約 7.5 cm、口径 約 4.8 cm、肩幅 約 6.4 cm、底径 約 5.1 cm)
・『茶器目利集』
溝口家に伝来。地の釉薬は柿色・黒色の薬が所々に散っている。土は茶色で底は糸切。藤四郎春慶に似ている。
・『茶器弁玉集』
「胴高」と呼ばれる由来を知らない者もいるが、茶入の胴が高い位置にあるからである。
(寸法:高さ 約 11.2 cm、胴回り 約 28.0 cm、口径 約 4.5 cm、底径 約 5.5 cm)
・『つれづれの友』(松山青柯 著)
明治37年(1904年)4月11日の溝口家入札(オークション)にて、418円で落札。
伝来
越後新発田藩主・溝口伯耆守家に伝来。明治37年(1904年)の同家蔵品オークションの際に赤星弥之助氏の所有となり、大正6年(1917年)10月8日の赤星家第二次オークションにて、1万6,000円で益田孝家に納まった。
実見記(実物を観察した記録)
大正9年(1920年)7月18日、東京府下品川御殿山の益田孝男爵邸にて実物を拝見・鑑賞した。
口は大きく端が外側に折り返されて浅く、甑(こし)の中ほどで引き締まり、肩はくっきりと張っている。胴部はむっくりと膨らみ、その胴回りにほぼ均等な間隔で、あるいはやや斜めに、あるいは垂直に太い縦筋が6本通っており、カボチャ(阿古陀)のような形状をなしている。その筋と筋の間の高まりによって「胴高」の名があるという。
裾から下は一部、赤みを帯びた素地(土)を見せており、底は板起しで一面に激しい網目状の模様がある。全体的には青みを帯びたガラス質(ビードロ)の釉薬がかかっているが、甑の周りではその青釉の中に黒みを含んだ輪状のグラデーションがあり、また腰回りの釉溜まりは厚く、黒みが一段と濃い。内部の口縁部には紐摺り痕があり、以下浅いろくろ目が続いて、底の中央は渦状を成している。
口縁に1箇所修理痕がある。手に持つと重みがあり、底の土の質感から中国製(唐物)ではないかという説や、藤四郎が中国の土に日本の土を混ぜて作ったのではないかという説もある。しかし、その釉薬の質においては瀬戸焼の約束(特徴)に違いないため、これを古瀬戸窯における一種の変物(異色作)と見るのが妥当である。
【原文】
胴高
古瀬戸 一名溝口胴高 男爵 益田孝氏藏
名称
茶器辨玉集に「茶入の胴に高き處ある故に仍てかこあり、津田宗及日記天正九年十一月十九日朝鹽屋宗悦會の條に、『茶入始めて見申候、胴高なり、結土惡し、藥よく候口の作り惡し』とあれば、此頃より已に胴高の名ありしを知るべし。紀州候傳家の胴高は漢作にして紀伊胴高(第一編第二目肩衝參照)といひ、此茶入は古瀬戸にして溝口家傳來なれば、溝口胴高といふ。
寸法
高 參寸貳分
胴徑 貳寸四分五厘
口徑 壹寸五分
底徑 壹寸六分
肩幅 參分
甑高 參分六厘
重量 五拾匁參分
附属物
一 蓋 壹枚外に替蓋一枚は木形に付く
一 袋 三ツ
柿地菱紋純子
茶地雲紋純子
白地妙心寺
一 袋箱 桐 白木 書付遠州
胴高袋
一 木形 花琳 象牙蓋付 箱に入る
一 挽家 銭刀木 金粉字形
胴高
袋 紺地龜甲牡丹丸紋唐織(裏丹地さや形純子緒つがり紫)
一 内箱 桐 春慶塗 書付遠州
胴高
一 外箱 桐 春慶塗
一 添書付 一通
覺
一 茶入 胴高肩衝
一 茶入 盤
一 茶入 大概
一 掛物 唐僧兩筆(東關極龍雲洞道釣)
江月和尙外題有
一 香爐 青磁四方 箱に利休書付
右五種之道具、小堀和泉守殿より去年西極月朔日に質物に取、金子御用立申候處、金子返辦難成候に付、道具五色共に拙者へ御流し被下候、就者右之道具共、此度信州様へ代金五百兩に賣上申、代金不殘收取相濟申候、則和泉守殿御家來衆より被下候借用手形并道具流し手形兩通共、其許へ進置申候、爲後日御手形如件。
元祿八乙亥年六月二十八日 縣宗知
高久助之進殿
寺尾儀太夫殿
君字左衛門殿
添
一 添巻物 一卷 遠州筆
道具組合の書付 其中次の文字あり
一 無官
一 胴高
一 たきなみ
一 八重櫻
右袋箱ども可取出候
一 添書付 一通
預り道具五品
一 ほたる 小判百七十兩
代金二十五枚
一 胴高 同五百廿五兩
代金千五百貫
一 たいがい 同五十二兩二分
代金百五十貫
一 青磁雲足 同七十兩
代金十枚
一 黒鑵 同二百十兩
代金三十枚
〆千三十二兩二歩
溝口
雑記
胴高は唐にも瀬戸にも有之、口高く上も裾も内なりに立延びたることなり。(松屋筆記)
胴高 溝口伯耆守所持、寛保三年二月四日一覽せと茶碗のごとし、土せむ、六筋あり、おかめおこし底。高三寸二分二厘、胴二寸四分七厘、口一寸六分、肩二寸一分底一寸六分七厘。袋二ッ、すす竹地菱紋純子(裏萌黄かいき結む)、亀甲紋すがひ織(裏丹地稲妻紋純子緒むらさき)、上箱桐春慶塗書付金ふん 胴高(茶入圖あり)(名物記)
胴高 溝口家にあり、地藥柿黒藥所々にちらつくにあり、土茶色基本糸切、藤四郎春慶に似寄たり。(茶器目利集)
胴高 藤四郎(寸法の記事名物記と同じ茶入圖あり)(茶器寸法書)
胴高茶入 胴高云ふ來歴を知不茶入の胴に高き處有故に仍て歟、長三寸七分廻り九寸二分半、口指渡し一寸五分、底一寸八分。拾返し好し、土薄赤色、興し底なり。地藥は紫色の雜亂許藥のつやよきもの也、上藥は與樂色濃く、少し高く流有なり、胴筋の處也、但し高低に横直違に有。(寸法、茶入圖あり)(茶器辨玉集)
胴高 名物 明治三十七年四月十一日溝口家入札、札元梅澤、池田、赤星千四百十八圓 鈴安(松山青柯著つれくの友)
傳來
越後新發田の城主溝口伯耆守傳來にして、明治三十七年同家藏器入札の際、赤星彌之助氏の手に入り、大正六年十月八日赤星家藏器第二回入札の際、一万六千圓にて益田家に納まる。
實見記
大正九年七月十八日、東京府下品川御殿山益田孝男爵邸に於て實見す。
口大きく括り返し淺く、甑中括れ肩キッカリと衝、胴ムックリと張る、而して此胴廻りに殆んど同一の間隔をもつて或は稍斜に、或は垂直に太き竪筋六本あり、あこた狀を成す、其筋と筋との間の高きに因りて此名ありと云ふ。裾以下一部赭味を帶びたる土を見せ、底板起しにて一面にいちしく紋あり、總體青味を帶びたるビードロ釉なるが甑廻りに於ては其靑釉中に黒味を含みたれる輪狀あり、又腰廻りの釉止り厚く、黑味一段濃かなり、內部口緣紐摺り、以下轆轤目淺く續りて底中央渦狀を成す、口緣に一ヶ所繕ひあり、手取重ければ底土味を以て或は漢作なるべしと云ひ、或は又藤四郎が唐土に日本土を混じて作りたる者なりと云ふ、然れども其釉質に於て瀬戸の約束爭ふ可からざる者あれば、之を瀬戸窯に於ける一種の變物と見るを適當とすべし。



