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Yossan_Potter

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上野忠兵衛 あがのちゅうべえ

肥後国(熊本県)高田焼の陶工。喜蔵の長男。1632年(寛永九)に父と共に細川三斎に従って豊前国(福岡県)より肥後国八代郡高田郷下豊原村(熊本県八代市豊原下町)に移りました。喜蔵を初代として二代目忠兵衛は宝蓋と称し、三代目忠兵衛は一風と号し、...
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上野藤四郎 あがのとうしろう

肥後国(熊本県)高田焼の陶工。初代藤四郎は喜蔵の次男。1632年(寛永九)父兄と共に豊前国(福岡県)から移って来ました。藤四郎には二子があり、次男の太郎助は分家して一家をなし、忠兵衛の家と共にみな俸禄を世襲し士籍に入って三家とも盛んに業を営...
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赤膚山焼 あかはだやまやき

→あかはだやき(赤膚焼)
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赤羽焼 あかぱねやき

長野県上伊那郡辰野町の産。明治時代中頃の創始、のち林工業株式会社が経営。種類は糸繰釜・煮鍋など。(『日本近世窯業史』「朝日村役場通報」)
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赤彦 あかひこ

銘。モ一スはこれを肥前国三川内(長崎県佐世保市三川内町)の製品であるとして「三河赤彦と記したる陶器はその土及び釉は鵬崎に酷似したり、然れどもその外観晴々しく又一層特色を有せり、特に鵬崎と異なる点は釉中に白色の斑点あることにして、署名あるもの...
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赤松猪太郎 あかまついたろう

→とうひんやき(陶浜焼)
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赤松清助 あかまつせいすけ

讃岐国(香川県)の陶工。赤松光信の三男。若松屋と称し清山と号しました。兄の真と共にやきものを業としていましたが、その後高松に移って清山焼を始めました。讃高または清山の銘を用い、父の松山風の陶器をつくりました。1868年(慶応四)4月5日没。...
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赤松平右衛門 あかまつへいえもん

播磨国東山田村(兵庫県姫路市山田町)の陶工、幕末の人。備前国(岡山県)虫明窯の陶工森彦一郎の師匠。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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赤松真 あかまつまこと

讃岐国(香川県)の志度焼の陶工。字は右橘、号は魯仙、別号湘江斎。赤松光信の長男。父の技を受け継いで種々の陶器をつくり、のち香川郡宮脇村(高松市宮脇町)に移り、ときどき高松藩主の命を受けて諸侯への贈呈品をつくりました。陶浜はその子であります。...
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赤松光信 あかまつみつのぶ

志度焼の陶工。讃岐国三木郡志度浦(香川県さぬき市)の人。字は田夫、号は松山、通称五番屋伊助。1755年(宝暦五)平賀源内に釉法を学び交趾焼を模して製陶。1781年(天明元)富田金山の麓に窯を移して南京染付をもつくりましたが、これを弟子の藤蔵...