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Yossan_Potter

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明石屋初太郎 あかしやはつだろう

明治初年の滋賀県湖東焼の陶工。もと播磨国(兵庫県)明石の人で明山と号していましました。京都に住んでいたが1869年(明治二)円山湖東焼に迎えられて主工となりました。妻も製陶に従い共に職工を督励したといわれます。1871年(同四)廃窯と共に京...
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赤津織部 あかずおりべ

赤津窯で産出する織部焼。主として春岱の作。あかずかま
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赤津窯 あかずがま

尾張国(愛知県)の陶窯。赤津は今は瀬戸市の一部となりその東部を占めています。昔は飽津と書き、1464年(寛正五)の文書にそう記されているのか初見とされますが、1595年(文禄四)の文書には赤津の字がみられます。鎌倉時代には加藤四郎左衛門景正...
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赤津瓦 あかずがわら

江戸時代に尾張国(愛知県)の赤津で焼いた本焼の赤瓦。
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赤津三郎右衛門 あかずさぶろうえもん

天文年間(1532-55)の人。『別所吉兵衛一子相伝書』に「信濃竃にて義元御好尾州赤津三郎右衛門追覆を焼く今思川と名付」と記されています。義元は今川義元、信濃竃は赤津の隣地品野窯であるでしょう。
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上野梶右衛門 あがのかじえもん

肥後国(熊本県)松尾焼の創始者。八代の高田焼の上野家の一門で、1778年(安永七)に託摩郡上松尾村字甲塚(熊本市松尾町上松尾)に移り飲食器などの製陶業を始めました。(『日本近世窯業史』)※まつおやき
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赤野窯 あかのがま

高知県安芸郡赤野村(安芸市赤野)の窯。1882年(明治一五)に同村の田村久太郎が開業し、自村の赤土を使って日常品の陶器をつくりました。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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上野喜蔵 あがのきぞう

豊前国(福岡県)の上野焼、肥後国(熊本県)の高田焼(八代焼)の創始者。もと朝鮮釜山の城主尊益の子で尊階(一説に尊楷)と称しました。文禄の役(1592-3)後加藤清正に従って来朝帰化し、肥前国(佐賀県)唐津に住んで陶器を製しました。その後朝鮮...
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上野釉 あがのぐすり

瀬戸地方の陶器釉の一種。白色の釉肌に青黒色の斑点があります。九州の上野焼の釉色が、白地に青のなだれ釉が特色であるところからこの名が出たものであるでしょう。春丹の創始以来すなわち天保(1830-44)から明治の初め頃まで、主として瀬戸の北谷窯...
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上野太郎助 あがのたろすけ

肥後国(熊本県)の高田焼の陶工。藤四郎の次男。1716年(正徳六)に分家して士族の籍に入り俸禄を世襲。初代の太郎助は一種の白陶を創製し、二代目太郎助は国主に従って江戸に出て楽焼を習得したといわれます。明治の初めの上野弥一郎はその子孫。(『府...