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原色陶器大辞典

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古川与一 ふるかわよいち

肥前国(佐賀県)大川内焼の陶画家。佐賀藩鍋島直正の侍臣で、通称は与一、また松根と称し、寧楽園・楢園・露庵などと号した。学は和漢を兼ね、和歌が得意で、また江戸の町絵師柴田是真につき画を学んだ。大川内焼(鍋島窯)の図案に与一の手を下したものが沢...
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古伊羅保・古出駒 ふるいらぼ

朝鮮の伊羅保茶碗のうち最も時代の古いもので、珍重される。土の中に砂が多く混じっているので釉がいらいらとしている。形は大振りで井戸に似ている。内部に刷毛目があり、釉が茶色で底に赤ろくろ味のあるものが上品とされる。高台は入高台もあれば桶底もあり...
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仏阿弥 ぶつあみ

文禄・慶長の役(1592~8)に長曾我部元親に従って帰化した朝鮮陶工と伝えられる。1598年(慶長三)高知で開窯し尾戸焼の創始者となったといい、また野々村仁清の師であったともいうが、詳細はわからない。(『南国襍筆』『集品解説』『観古図説』『...
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淵孫左衛門 ふちまござえもん

肥前国(佐賀県)嬉野焼の陶工。享保年間(1716~36)その子七右衛門と共に名工として名高く、陶質諸器や屋根瓦をつくった。(『日本陶器全書』)
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蓋 ふた

蓋の形には山蓋・落蓋・平蓋・割蓋などがある。器と同質のものを共蓋といい、急須・土瓶・蓋物・瓶などは皆これである。水指と茶入には共蓋よりも塗物・木製・象牙製・ウニコール製の蓋が好まれ、特に茶入の蓋は遠州の頃より象牙のものが流行した。
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藤村庸軒 ふじむらようけん

茶人。宗旦四天王の一人、庸軒流の祖。1613年(慶長一八)生まれ。名は政直のち当直、通称源兵衛、反古庵・微翁と号した。京都の富裕な呉服商十二屋の養子。実家の祖父は近江国(滋賀県)久田刑部実房で、実房の妻は利休の妹といわれ、また実兄宗利は久田...
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布志名焼 ふじなやき

布志名焼島根県八束郡玉湯町布志名の産。その起原については諸説があり、1658年(万治元)加田半六が創始したという説があるが、今日の製作からみると1764年(明和元)船木与治兵衛の創業説が妥当であろう。当時の製玄官法印造者は土屋善四郎で、その...
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藤浪 ふじなみ

藤浪中興名物。金華山茶入、藤浪手本歌。地釉は濃紫のようで流れがある。引歌は『新古今集』の「かくてこそ見まくほしけれ万代をかけてにほへる藤浪のはな」。松平不昧以来雲州家に相伝した。(『茶道名物考』)ふじなみ 藤浪藤浪 ふじなみ瀬戸金華山窯茶入...
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福島正則 ふくしままさのり

桃山・江戸時代初期の武人。尾張国(愛知県)の人で、1561年(永禄四)生まれ。秀吉に仕え歴戦の功があり、文禄の朝鮮の役(1592~4)の際には、諸将と共に兵を率いて竹島に渡り、竹島において代官を勤め、兵糧輸送のことなどを掌った。その功により...
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福島幸次郎 ふくしまこうじろう

肥前有田黒牟田窯の窯家。黒牟田特産の九〇センチから一・二メートル位の大皿を得意とし、1900年(明治三三)にはパリ大博覧会にも出品した。1918年(大正七)七月没、70歳。(寺内信一)