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人物

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今井宗久 いまいそうきゅう

今井宗久 いまいそうきゅう和泉国(大阪府)堺の茶人、政商。1520年(永正一七)生まれ。紹鴎の女婿。宗及・利休と共に天下三宗匠と呼ばれました。初名久秀、のち兼員。彦八郎・彦右衛門と称し、昨夢斎と号しました。もと近江源氏佐々木氏の後裔。大和国...
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井上清二 いのうえせいじ

京都の陶工。名を庄介といい尾張国(愛知県)の人。初め丸窯師・彫り物師として彦根藩窯湖東焼にいましたが、そこの廃止後京都の幹山伝七の工場に入りました。また清水の井上清二の養子となりその死後名を継いで清二と改めました。挽きものが巧みでまた捻りも...
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今津屋七郎右衛門 いまずやしちろうえもん

肥前国(長崎県)平戸の人。有田の富村勘右衛門・嬉野次郎左衛門らと共に有田磁器を密輸出したことが露見して1725年(享保一〇)処刑されました。※とみむらかんえもん嬉野次郎左衛門富村勘右衛門
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伊藤允譲 いとういんじょう

伊予国砥部五本松(愛媛県伊予郡砥部町)の人で五松斎と号しました。砥部焼が振るわないのを嘆いて1877年(明治一〇)肥前有田から職工を招き、自家に貯蔵していた判金を費やして青花や錦欄手を製作しましたが、失費のため間もなくやめました。1910年...
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伊藤小平太 いとうこへいた

名古屋の人。茶事を好み、1603年(慶長八)頃瀬戸に行って工人に意匠を伝授し種々の陶器をつくらせました。一説には瀬戸の領主といわれ、また瀬戸織部の創始者で1603年古田織部の意匠をうけて焼き出したともいわれています。製品に用いた「春古山」の...
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伊藤庄八 いとうしょうはち

万古焼の陶工。三重県4日市の人で1888年(明治二一)窯を起こし、原土を阿倉川村庚申山、羽津村一本松(以上四日市市)小向村・柿村・縄生村(以上三重郡朝日町)などから採りました。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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伊藤四郎左衛門 いとうしろうざえもん

尾張瀬戸の窯家。千峰園と号しました。1878年(明治一一)初めて製磁業を起こし非常に熱心でありました。その製品はみな優良といわれましたが、中でも祥瑞模様の捻り形皿などは技巧が特に巧妙で、他の模倣を許さず千峰園作として大いに賞用されました。(...
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伊藤甚兵衛 いとうじんべえ

佐渡雲山焼の創始者で、通称羽甚。弘化年間(1844-8)に無名異焼を始めた伊藤甚平、安政年間(1854-60)の伊藤富太郎、明治初年の伊藤無名は子孫に当たるとのこと。(『本朝陶器孜証』『府県陶器沿革陶工伝統誌』『陶器類集』)
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伊東陶山 いとうとうざん

京都の陶工。1846年(弘化三)山城国愛宕郡粟田領(京都市左京区)に生まれました。幼名を重次郎、のち幸右衛門、1895年(明治二八)1月から号の陶山を本名としました。1863年(文久三)十八歳の時、習画の師小泉東岳の勧めに従って陶事に転向し...
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伊藤富太郎 いとうとみたろう

佐渡無名異焼の陶工。赤水と号し1857年(安政四)に業を起こしたといわれます。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)