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人物

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伊藤祐昌 いとうゆうしょう

名古屋の旧家の出で明治の人。常に和歌や茶事を好み、自分自身で種々の茶器をつくって赤津窯で焼かせました。作品はどれも気高く雅致があり、所掲のような符が彫ってあります。(『をはりの花』)
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井戸八蔵 いどはちぞう

筑前国(福岡県)高取焼の創始者。もとは朝鮮韋登の人で、文禄・慶長の役(1592-8)のあと黒田長政に従って渡来。同じく韋登の人で八蔵の姻戚の新九郎もまた加藤清正に従って来ました。長政はこの二人に命じてその領地筑前で製陶させました。※たかとり...
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伊奈長四郎 いなちょうしろう

尾張常滑焼の陶工。長二と号しもっぱら甕類の製作に従事したといわれますが、没年などは不詳。(『常滑名工表』)
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伊奈八郎 いなはちろう

尾張常滑の陶工。陶号も八郎といきました。1797年(寛政九)11月生まれ、1868年(慶応四)7月没、七十五歳。陶彫にすぐれ茶陶を製作したといわれています。(『常滑名工表』)
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一光 いっこう

尾張常滑の陶工柴田和吉。1837年(天保八)5月生まれ。轆轤師で朱泥急須をつくりました。1911年(明治四四)5月没、七十六歳。姓を片岡とする説もあるが誤りであるでしょう。(『日本陶器目録』『常滑名工表』)
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伊勢手春慶 いせでしゅんけい

瀬戸茶入の一種。伊勢国(三重県)と尾張国(愛知県)の境で焼かれたので伊勢手といいます。春慶の作ではなく、形格好が似ているので一般に春慶といいます。土は白色で堅く、丸糸切で、下釉は濃い柿色で銀が強いです。上釉は黒色に黄飴色が交じつて飛釉が多い...
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井田吉六 いだきちろく

江戸の陶工。乾山写しの名手で、乾斎または己斎と号しました。下総国(千葉県)海上郡布間村の人で、九歳で江戸に行きのちに骨董の売買を業としました。その後製陶を思い立ち1825年(文政八)浅草蔵前(台東区)で自作の陶器を売りました。広く古陶器を研...
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板屋甚三郎 いたやじんざぷろう

文政年間(1818-30)の加賀国(石川県)小野窯の陶画工。
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市江鳳造 いちえほうぞう

尾張藩士。文化・文政(1804-30)頃の人で市江鯉右衛門と称しました。若い時から製陶を好み、勤仕の余暇に陶法を平沢九朗に学んで茶器や雑器をつくりました。作風は九朗に似て工人風がなく、みな上品で大変雅致に富み、当時の人々に大いに愛玩されまし...
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市来伊太郎 いちきいたろう

鹿児島県の陶工。幼い時に田之浦陶器会社に入り、1907年(明治四〇)御庭焼の陶工となりました。1927年(昭和二)7月市来窯を開き、同年12月没。(『薩摩焼総鑑』)