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人物

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井深捨吉 いぶかすてきち

美濃焼の功労者。1875年(明治八)8月T日岐阜県大垣に生まれました。1901年(同三四)東京工業学校(現東京工業大学)工業教員養成所窯業科を卒業と同時に、岐阜県土岐郡立陶器工業学校に赴任しましたが、在職三年にして病のため辞職。その後十二年...
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今井儀右衛門 いまいぎえもん

薩摩国(鹿児島県)平佐焼の創始者。薩摩郡平佐郷白和(薩摩川内市白和町)の人。初め出水郡下出水脇元(阿久根市脇本)に磁器製造所を設立したが失敗。1776年(安永五)平佐郷の領主北郷久陣の後援を得て有田から陶工を招き製作。薩摩で純粋の肥前系統の...
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今泉今右衛門 いまいずみいまえもん

肥前有田の窯家。寛文年間(1661-73)に始まった赤絵屋十六軒のうちの一つで、代々赤絵付を専業とし現在は十二代目。五代今右衛門(覚左衛門)の時初めて鍋島侯から錦付御用の命を受けました。十代今右衛門(藤太)の時御用窯が廃止になり磁器窯を築い...
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犬塚小十郎 いぬずかこじゅうろう

対馬国の陶器山の支配人。対馬産の磁器の品質が粗悪なため、指導者として1827年(文政一〇)平戸領三川内(長崎県佐世保市三川内町)の陶工を雇い入れた際、小十郎はその統御者でありました。三川内の磁業者はこれを好機として製品の朝鮮輸出を計画し(当...
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今泉源内 いまいずみげんない

号を子日庵といいます。尾張藩士で寛政(1789~1801)頃生まれました。茶道に通じその方でも有名でありました。嘉永(1848~54)の頃古稀の祝いに自ら俵状の点茶茶碗を数個つくり瀬戸窯で焼かせました。その他各種の茶器をつくり所掲の款を刻し...
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犬塚民蔵 いぬずかたみぞう

肥前有田白川の轆轤工。1867年(慶応三)フランスのパリで大博覧会が開かれますと、鍋島藩は磁器による国産振興を図り、特に大器の製造を奨励しました。民蔵は小山直次郎らと共に大器の底を突き固めて従来の底切れを改良し、轆轤の名人といわれました。1...
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今泉藤太 いまいずみとうた

有田の陶家今泉今右衛門の十代目を継いでします。明治維新前後の人で稲富武平の二男、幼少の頃から今泉家で養われました。高橋道八から陶法を学びまた服部杏圃に西洋風の上絵付を習いました。ワグネルが有田にいた時には彼について上絵付窯の引出し色見などを...
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井上松坪 いのうえしょうへい

陶工。尾張瀬戸の人で、初名を辰次、のちに松兵衛といい、松坪と号しました。1856年(安政三)彦根藩窯湖東焼に招かれ、染め付け・赤絵ともに良工の作品に絵付をしました。1860年(万延元)いったん郷里に帰ったのち京都に移り、磁器を焼成して自分自...
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今泉雄作 いまいずみゆうさく

実名は彰、字は有当、初め文峯と号しのち也軒また常真居士と称しました。1850年(嘉永三)生まれ。1877年(明治一〇)パリに行き東洋美術博物館館主ギメ一に知られてそこの客員となりました。1883年(同一六)に帰朝して文部省学務局に出仕、岡倉...
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井上士朗 いのうえしろう

名古屋の人。尾張国(愛知県)犬山の城主成瀬家の臣久保田某の子で、安永年間(1772-81)の人。訳があって井上家を相続し専庵と号しました。俳諧の心得があり中古芭蕉の称があります。まれに陶器をつくり所掲の款を押し、また発句などを書いました。み...