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平清水焼 ひらしみずやき

羽前国村山郡滝山村字平清水(山形市平清水)の産。窯が千歳山麓にあったので千歳焼ともいいます。文化年中(1804-18)同村の人丹羽治左衛門は、陶業の開始を企てたまたま隣村金谷(上山市金谷)にいた常陸国(茨城県)の人小野藤次兵衛を招き、丸山の...
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風火窯 ふうかよう

中国明代の景徳鎮御窯廠の制式は洪武年間(1368-98)に初めて定められ、青窯・竜鋼窯・風火窯・色窯・艦蝸窯・匝窯の六種に分けられていましたが、清朝に入って窯の制が改められ焼柴窯・焼桂窯・包青窯・大器窯・小器窯の五窯となり、それをまとめて風...
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百蛸壺 ひゃくふくこ

彩色のある百匹の蝸幅を描いた壺。ことにその絵の生動するものが喜ばれます。中国明代の万暦窯においてつくられ、清の康煕(1662-1722)・乾隆(1736-95)年間にもあります。幅は福に通じ、中国では蝸娼は吉祥文としてしばしば用いられました...
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平戸御茶碗窯 ひらどおちゃわんがま

長崎県平戸市山中町紙漉の古窯址。1596年(慶長元)正月平戸藩主松浦鎮信が朝鮮より帰陣した際、従って来た朝鮮人は平戸に上陸し高麗町(戸石川町)に居住しましたが、陶技を身に付けていた巨関らは命を受けてここに陶窯を開いました。しかし1615年(...
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武英殿 ぶえいでん

中国北京紫禁城内にあるようで、清朝所有の古陶磁その他玉器・貴金属などを陳列し、朝鮮ソウルのソウル博物館(旧李王家博物館)と共に世界における東洋古陶磁の二大宝庫といわれましたが、中国解放心前にその蒐集の一部が蒋介石により台湾に運ばれ、台北の故...
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百鹿尊 ひゃくろくそん

『飲流斎説甕』に「百鹿尊に両種あるようで、大なるものは高さ二三尺、小なるものは僅かに二三寸なり。大なるものはその式また牛頭尊に類似しただ両鹿頭の耳となれるあるのみ、百鹿の彩絵ある故にこの名あり。小なるものは或は同前の式に作り或は棒錐の式に作...
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平戸皿屋窯 ひらどさらやがま

長崎県平戸市山中町紙漉の、御茶碗窯の北200m余りの地点の古窯址。今村弥兵衛の磁石発見後、早岐(佐世保市早岐町)方面から磁石を搬入してつくった磁器の窯。元禄年間(1688-1704)に廃窯。染付磁器を製しました。(金原京一)
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深井窯 ふかいがま

秋田県平鹿郡福地村深井(雄物川町深井)の陶窯。幕末頃山形弥惣兵衛が創始しもっぱら雑器を焼いました。近年その子孫が経営し土管やセメント管などをもつくっています。(『白岩瀬戸山』)
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百貫窯 ひゃっかんがま

佐賀県東彼杵郡波佐見町村木の百貫にあった窯。木原窯系の一つで、承応(1652-5)の頃小山田佐兵衛の弟子某がこれを開き、幕末まで続いました。作品は村木窯に似ていますが、時代の新しいものには白磁の染付などもあります。(『古木原焼及木原焼系諸窯...
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平戸焼 ひらどやき

平戸焼長崎県佐世保市三川内町の磁器。三川内焼とも呼ばれています。平戸焼の称はこの窯が平戸藩主松浦氏の御用窯であったことから名付けられたものであるようで、三川内は平戸から五二キロの地にあるようで、同地には別系の木原窯があります。【沿革概要】慶...