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永和窯 えいわよう

吉州窯ともいいます。中国江西省吉安府廬陵県永和鎮にありました。製出した磁器には白色と紫色のものかあり、紫色のものは紫定器と似て体が厚く質は粗い。宋代にはこの地に五窯があり、公焼と書いたものか最も佳であるといい、また舒翁という者が玩具を焼造し...
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梅の木の半山 うめのきのはんざん

姓は望月。小川破笠の門人で、破笠の没後業を継いで江戸浅草福井町(台東区)に住み、自ら二世破笠と号しました。細工は巧みであり、居宅に梅の大樹があったため人々が梅の木の半山と称しました。(『日本陶甕史』)
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雲鶴 うんかく

雲鶴手ともいいます。飛雲舞鶴の押印または象嵌模様のあるもので、高麗青磁・三島などに多いようです。ただし押印文すなわち印花のあるものは、必ずしも雲鶴の文様に限らず花序の文様のあるものも一様に雲鶴手と呼ばれます。雲鶴手は日本国内の朝鮮系陶器例え...
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薄紅葉 うすもみじ

名物。真中古茶入、藤四郎作。銘は黄釉の変化に因んだものです。もと土屋相模守所持、のちに長岡家を経て東京加藤家に入りました。(『大正名器鑑』)
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内田源助 うちだげんすけ

薩摩藩窯竪野の陶工。1827年(文政一〇)苗代川窯に錦手部が設置されると藩庁の命によって樋渡次右衛門と共に派遣され、のちの錦手部主取役朴正官に画法および絵の具の調合法などを伝授しました。(『薩摩焼総鑑』)
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宇土の谷窯 うどのたにがま

佐賀県武雄市武内町真手野にあったもので、下窯・長吉谷窯に分かれています。大宅経三の発掘報告によれば、白磁・青磁・辰砂を製し、器は日用雑器のほかに文飾豊富な香炉・花瓶類および大型の丼類などといいます。(『茶わん』一『肥前古窯址めぐり』)
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薄葉 うすよう

陶画用の型紙。薄葉紙に柿渋を引き数枚を重ねて模様を切り透かしたもので、これを素地の上に当てて絵の具を塗り諸種の模様を現します。肥前(佐賀・長崎県)各窯の古製品には優秀な薄葉のものがあります。1877年(明治一〇)肥前有田大蹲の牟田久次はこの...
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打田好吉 うちだこうきち

石川県小松の陶工。1897年(明治三〇)前後盛んに粟生屋源右衛門の模作を出しましたが、非常に巧みでほとんど源右衛門作として通用したといわれます。(『九谷陶磁史』)
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優曇華 うどんげ

名物。朝鮮茶碗、雨漏手。銘は世に類まれなものとの意によります。もと紀州徳川家伝来の什物でありました。(『大正名器鑑』)うにモースはこの銘のある素焼皿を京焼かとしていますが、あるいは三重県多気郡明和町有爾(伊勢神宮土器調進地)(同一一yの土器...
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鶉手 うずらで

異なった色の二つの土を練り合わせて適度の縞模様を現わしたもので練上手・揉込みなどともいいます。