お話 青江手 あおえで 金華山茶入の一手。初め小堀遠州の臣勝田氏が手に入れて遠州に献じたところ、遠州は大いに喜び銘を滝浪と付け、その後青江の脇差を賜ったので俗にこの手を青江手といいますようになりました。土は薄赤色または緋で、底は常の通りだが、また小刀目跡のみえるも... 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 Aventurin Glaze アヴェンチュリンーグレイズ 天然のアヴェンチュリン(砂金石)に似た軟らかい結晶釉。釉層中に黄金色の雲母鱗片のようなものが現れ、光線の反射によって非常に華麗であります。普通の結晶釉では晶紋は表面に析出しているため手触りでわかりますが、アヴェンチュリン釉の金光点は釉層中に... 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 アーレンス商社 あーれんすしょうしゃ 明治初期東京にあったドイツ系の商社。1875年(明治八)七宝の製造を企て、愛知県海東郡遠島村(あま市七宝町遠島)の塚本貝助およびその門人林八左衛門・桃井英升ら十余人を招き亀戸村(江東区)の仮工場に従業させました。当時ワグネルも同社の事業に協... 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 娃娃瞼 ああけん 中国清代康熙(1662~1722年製の磁器彩色に流行した紅色系統の一色の形容。娃娃は子供のことで、瞼は目の下・頬の上の意、また俗に顔面をいいます。すなわち子供の頬のあたりのように美しいです薄赤色の形容。鮮紅の一派で銅の呈色であります。(『飲... 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 愛岐陶業同盟会 あいぎとうぎょうどうめいかい 愛知・岐阜両県下の陶磁器業者が、粗製濫造を防止するため1906年(明治三九)に組織したもので、1915年(大正四)頃には輸出品のためにまず素地土の統一が計画され、飛鳥井孝太郎らが中心にその運動の実現に努めました。明治の晩年からは各地に坏土調... 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 相原源吉 あいはらげんきち 肥前有田の彫刻家。精磁会社より中村亀一の工場に移り晩年香蘭社に入りました。1920年(大正九)没、五十八歳。(『肥前陶家伝』) 2011.04.25 お話人物原色陶器大辞典