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やきもの

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色見 いろみ

窯中の焼き加減をみる試験標本。焼成に当たって器物に過不足のない適当な熱度を与えることは最も必要でかつ至難なことで、窯業者が一様に難関とするところであります。そのため窯内の適当な個所に焼成品と同質で、鉄棒で容易に取り出せるような小器物を入れて...
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岩永幸一 いわながこういち

肥前国藤津郡八本木村(佐賀県鹿島市)浜山窯の陶工。窯の創始は詳かでないが、岩永幸一は1862年(文久二)その業を継ぎ、肥後国(熊本県)天草郡深江の原石を用いたといわれます。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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色見孔 いろみあな

焼成中の窯内状態を知るための色見を取り出す孔。位置や個数は窯の状況によって異なります。また色見を用いず単に窯内の火色を覗いてその温度を判定することもあり、その孔も色見孔といいます。
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岩浪 いわなみ

名物。真中古茶入、思河手。銘は『千載集』神祇歌皇太后宮大夫俊成「きふね川玉ちる瀬々の岩浪に氷をくだく秋の夜の月」の歌意に因みます。朽木沢翁が所持、のちに姫路酒井家に転伝しました。(『大正名器鑑』)
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伊羅保 いらぼ

古くから高麗茶碗の中に挙げられますが、中国製もまた南蛮物も混じっているといわれます。横に轆轤目の跡が際立ち、土の中の小石が火に諏ぜて釉が荒れ、手触りがいかにもいらいらしたものであります。真清水蔵六の説は、伊羅保は慶尚南道産であります。としま...
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祝部土器 いわいべどき

須恵器の旧称。須恵器は江戸時代以来茶人の間で行基焼と呼ばれ、また木内石亭はこれを曲玉壺と名付けた。しかし明治に入って若林勝邦・坪井正五郎らが祝部土器の名称を用い始めるとこれが一般化し、長期にわたって支配的な呼称となりました。その後祝部土器の...
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岩波喜山 いわなみきざん

信濃国(長野県)諏訪の素人陶工。モースは「雪散や岩波喜山、茶道を好み1840年(天保一一)偶々諏訪にありし吉左衛門に楽焼を学び、同年その地に小窯を築き茶器を出します。〈雪散や〉または〈陶叟造〉の銘あり。〈雪散や〉は彼の住居の称にして陶叟は彼...
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伊羅保三島 いらぼみしま

土は赤土、釉立ちは刷毛目のような色合いでざくざくした気味があり、これに三島文様のあるものをいいます。文様は胴にあることもあるが多くは見込にあります。朝鮮のやきものであります。(『高麗茶碗と瀬戸の茶入』)
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岩尾兼太郎 いわおけんたろう

明治初年の有田焼の陶工。岩尾兼太郎の家は二百数十年前の創業で、特に製品は精巧で値を安くすることに努めたらしいです。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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岩藤 いわふじ

名物。金華山茶入、生海鼠手。銘は茶入の景色によるものであるでしょう。肩先の光沢か美しい黒釉中に青瑠璃色がひそんで見事であります。岩崎家にあったが伝来は不詳。(『大正名器鑑』)