お話 入江道仙 いりえどうせん 京都の陶家。寛政年間(1789-1801)、の初代道仙に始まり、三代になって禁裏の御用品を調達しました。1875年(明治八)からもっぱら理化学用紆磁器の製造に従事、1933年(昭和八)当時は道仙化学製陶所と称し年産額三万円程であったといわれ... 2011.05.07 お話人物原色陶器大辞典
お話 巌焼 いわおやき モースは巌焼の項を設けてその沿革は詳かでないと記していますが、これは石見国(島根県)永見焼のことであります。(『日本陶器目録』)※ながみやき 2011.05.07 お話原色陶器大辞典
お話 岩船焼 いわふねやき 出雲国能義郡飯梨村岩船(島根県安来市飯梨町)の産。1866年(慶応二)頃の創始。1875、6年(明治八、九)頃広瀬藩知事松平篤郎が所有して東隣山と号し、土器のほかに白磁染め付け物を出していました。1881年(明治一四)母里村(安来市伯太町母... 2011.05.07 お話原色陶器大辞典
お話 犬塚小十郎 いぬずかこじゅうろう 対馬国の陶器山の支配人。対馬産の磁器の品質が粗悪なため、指導者として1827年(文政一〇)平戸領三川内(長崎県佐世保市三川内町)の陶工を雇い入れた際、小十郎はその統御者でありました。三川内の磁業者はこれを好機として製品の朝鮮輸出を計画し(当... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 伊八乾山 いはちけんざん 二代乾山と伝えられます。初代尾形乾山に子がありませんでしたので、その死後伊八がこれを継いでします。伊八は京都の名工野々村仁清の子で、家を出て画家立林何帛の養子となりました。何帛は乾山と親交があり、そのため伊八を二代乾山としました。伊八は江戸... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 今春岱 いましゅんたい 安政(1854-60)から慶応(1865-8)の頃加藤梅太郎が用いた銘。同工は春岱の長男光太郎の没後を継いで尾張家の御窯屋を相続しました。そのため前代の号に今の一字を冠して今春岱と称しました。(『をはりの花』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 犬塚民蔵 いぬずかたみぞう 肥前有田白川の轆轤工。1867年(慶応三)フランスのパリで大博覧会が開かれますと、鍋島藩は磁器による国産振興を図り、特に大器の製造を奨励しました。民蔵は小山直次郎らと共に大器の底を突き固めて従来の底切れを改良し、轆轤の名人といわれました。1... 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典
お話 茨木焼 いばらきやき 常陸国(茨城県)の産。1661年(寛文元)真壁郡塙世村(真壁町塙世)の土器師塚原政重が始め、その後同国各地に伝習開業されました。(『大成陶誌』) 2011.05.06 お話原色陶器大辞典
お話 今津屋七郎右衛門 いまずやしちろうえもん 肥前国(長崎県)平戸の人。有田の富村勘右衛門・嬉野次郎左衛門らと共に有田磁器を密輸出したことが露見して1725年(享保一〇)処刑されました。※とみむらかんえもん嬉野次郎左衛門富村勘右衛門 2011.05.06 お話人物原色陶器大辞典