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陶磁器

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音羽焼 おとわやき

京焼の一つでその源流に当たるものであります。天正二五七三-92)または文禄(1592-6)の頃に音六・音羽屡九七らが始め、享保年間(1716-36)に窯を五条坂(東山区)に移して五条清水焼といきました。ただし京焼の時代的区画は判然とせず、永...
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御室焼 おむろやき

和泉国(大阪府)湊焼の一称。文政年間(1818-30)五代上田吉左衛門が湊窯で初めて交趾風の薄彩釉を施した器を出し、自ら御室焼と称しました。しかし京都の御室焼とは陶質が異なり、淡黄色・紅褐色・浅深緑色のものがあり、いささか淡路焼に類している...
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下石窯 おろしがま

美濃国土岐郡下石村(岐阜県土岐市下石町)の陶窯。元和年間(1615-24)同郡定林寺(同市泉町定林寺)の加藤庄三郎氏家という者が、窯株六基を分け持って来て同村字清水・桜ヶ根の四方の谷間に窯を築き初めてこの業を営んだのが、この地の近世陶業のは...
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懐石道具 かいせきどうぐ

茶会の食事を懐石料理または懐石といい、その食器を懐石道具と称します。修業中の禅僧が温石をふところにして一時の空腹をしのぐことからこの名あります。簡素・淡白な季節料理で本来は亭主自ら料理すべきものとされます。炉の場合、風炉の場合、または口切り...
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音羽屋九郎兵衛 おとわやくろべえ

京都音羽焼の陶工。清閑寺(東山区)に住んでいたが宝暦年間(1751-64)清水に移り磁器を製しました。清水焼といったといいます。(『工芸志料』)
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思河 おもいかわ

中興名物。国焼茶入、唐津焼。銘は小堀遠州の撰、『壬生集』藤原家隆「思河まれなる中に流るなりこれにもわたせ鵠の橋」の歌意によります。思河は福岡県筑紫郡にあり逢初川・漆川とも呼びます。古歌には思初川・思川とあり、唐津焼から連想したらしいです。切...
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下ろし皿 おろしざら

山芋・大根その他を下ろして食用に供する時使用する陶器の皿。室町時代以後明治に至るまでの瀬戸あたりの窯に多いようです。
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回全 かいぜん

永楽の十二代保全の養子西村宗三郎。京都の漆工佐野長寛の次男。1851年(嘉永四)に十八歳で保全の養子となり善次郎と称し、次いで宗三郎と改めました。のち保全は紅釉の研究に没頭し実子和全と合わなくなりますと、宗三郎を深く気に入り、そのあとを宗三...
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奥村次郎左衛門 おくむらじろうざえもん

陶工。慶長年間(1596-1615)山城国宇治郷(京都府宇治市)で朝日焼を創始。ある書には藤作としています。(『本朝陶器孜証』)※あさひやき
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小月焼 おずきやき

山口県豊浦郡小月村(下関市小月町)の産。1867年(慶応三)旧藩主毛利元純は当郡清末藩の名産とするため藤崎宗助に主管させて創業。以来改良を加え濃色釉の製品を出し、1910年(明治四三)には石炭窯を築造しました。小月村に星の里という古称があっ...