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陶芸

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梅の木の半山 うめのきのはんざん

姓は望月。小川破笠の門人で、破笠の没後業を継いで江戸浅草福井町(台東区)に住み、自ら二世破笠と号しました。細工は巧みであり、居宅に梅の大樹があったため人々が梅の木の半山と称しました。(『日本陶甕史』)
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雲鶴 うんかく

雲鶴手ともいいます。飛雲舞鶴の押印または象嵌模様のあるもので、高麗青磁・三島などに多いようです。ただし押印文すなわち印花のあるものは、必ずしも雲鶴の文様に限らず花序の文様のあるものも一様に雲鶴手と呼ばれます。雲鶴手は日本国内の朝鮮系陶器例え...
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梅林金三郎 うめばやしきんざぶろう

近江国膳所(滋賀県大津市膳所)の陶工。文政年間(1818-30)もっぱら交趾写しを焼いました。作品は土が柔らかく、釉立ちに交趾釉のもの、亀甲釉のものおよび黄南京風のものがあります。(『日本陶甕史』)
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雲鶴青磁 うんかくせいじ

高麗青磁の後半期にみられる象嵌青磁で、文様は飛雲舞鶴が主であるかそれ以外の同種の製品も含んでいます。年代は高麗の毅宗の朝から忠烈王の朝に至る十二世紀の後半から十四世紀初めの間で、あとは三島手となり李朝に続きます。毅宗の豪奢な好みから青磁の瓦...
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永喜山 えいきざん

但馬国(兵庫県)出石焼の一派。幕末の武m喜平(大黒屋)は染め付けの名手でありましたが、その作品に自分の持ち山の名をとり永喜山の銘を入れました。一書によれば、喜平は1830年(天保元)出石谷山宇椋谷(豊岡市出石町谷山)で伊左屋忠治の開いた窯を...
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浦川竹二郎 うらかわたけじろう

常滑焼の陶工。号を一斎と称しました。※いっさい
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雲錦手 うんきんで

桜花と紅葉を配した色絵。描法に特種な趣があります。乾山の雲錦文様が最初に現れ、犬山焼などでもたいていこれを模写しました。紅葉の錦、花の雲の意から雲錦といわれるらしいです。
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英国陶磁器 えいこくとうじき

貿易港として有名なブリストルは古くから炻器の産地としても知られ、その歴史はエドワード一世(1272-1307在位)の頃に始まるとされます。エリザベス一世(1558-1603在位)の時代には褐色・灰色の陶器が生産されました。十八世紀にはデルフ...
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浦川与右衛門 うらかわよえもん

肥前国藤津郡志田窯(佐賀県嬉野市塩田町久間)の陶工。天保年間(1830-44)この窯が衰えた時奮励して回復を図り、藩主鍋島直興が資金を貸し付け材木を供給してついに再興、世に与右衛門焼の名を残しました。(『府県陶器沿革陶工伝統誌』)
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雲月 うんげつ

肥前国藤津郡吉田村皿山(佐賀県嬉野市嬉野町吉田)の副島茂右衛門の作にこの銘があります。茂右衛門は青花器が巧みで中国風を模し、またわが国の淡花磁器を製して長崎に送り中国の商人に販売しました。天保年間(1830-44)には茂右衛門の製器は日本中...