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やきもの

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太田万次郎 おおたまんじろう

駿河国(静岡県)賤機焼の陶工。1870年(明治三)頃に七十歳で面形の盃を製作していたとのこと。(『日本陶器目録』)
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欧窯 おうよう

一名を宜均といいます。中国明代の宜興の人欧子明か製じたもので、形式の大半が均窯に倣っているので宜均といいます。宜興において製作したが陽羨名陶の一系すなわち朱泥の一派とは別の系統であります。また清代の紫砂掛釉(紫泥に釉を掛けたもの)ともいささ...
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大倉孫兵衛 おおくらまごべえ

大倉孫兵衛1843年(天保一四)江戸日本橋青物町(中央区)の絵双紙店に生まれ、十二歳で本屋の年季小僧に入り、のち出版業を始め日本橋際に大倉書店を開いました。1876年(明治九)義兄森村市左衛門がアメリカへの雑貨輸出を企てたのでこれに荷担。1...
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太田焼 おおたやき

真葛焼の別称。現在の横浜市南区南太田町の陶窯で明治初年に宮川香山が創業しました。※まくずやき
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大出東皐 おおいでとうこう

明治期の画家。1841年(天保こI)上野国(群馬県)桐生に生まれました。通称愛次郎、桐江と号しのちに東皐と改めました。別に蝸牛窟の号があります。画法を藤堂凌雲らから学び花烏を最も得意としました。明治維新前後に諸国を遊歴し、以来東京に住み平素...
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大河内正敏 おおこうちまさとし

1878年(明治一一)12月6日元三河国(愛知県)大多喜藩主大河内正質の長男として生まれ、1903年(同三六)東京大学工科造兵学科を卒業、弾道学の研究で工学博士となりました。東大教授・貴族院議員・子爵研究会の首脳・理化学研究所長。また古陶磁...
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大樽 おおだる

肥前有田皿山の内。佐賀藩で1637年(寛永一四)に十四窯を列挙した中にこの地名があり、1647年(正保四)十三ヵ所の窯業地が定まって内山・外山の区別が始まった時に内山の一つに数えられた。かつて有田地方に製品の種類別があった時に大樽は鉢類が専...
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大浦林斎 おおうらりんさい

対馬の陶工。1648年(慶安元)熔師として朝鮮の釜山窯に赴いたといわれます。(『釜山窯卜対州窯』)
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大高麗 おおごうらい

大名物。朝鮮茶碗、名物手井戸。一名荒木高麗。大井戸の高麗茶碗であるから大高麗といわれます。また荒木村重が所持したので荒木高麗の一名があります。総体に枇杷色で少し青味を帯びたところがありますが、釉色の変化が割合に少なくおとなしい茶碗であります...
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大塚啓三郎 おおつかけいざぶろう

下野国(栃木県)益子焼の祖。十六、七歳の頃笠間(茨城県笠間市)の宝田院で書法を学んだが、住職が笠間侯の御用窯に関係があったので陶業の有利なのを知り、その後大塚氏の養子になってから自分で開業することを企て、養父から三十両の資本金を得て山前村大...