お話 青木宗兵衛 あおきそうべえ 京都の陶工。金花山と号し代々宮中の調度をつくりました。三代金花山は1869年(明治二)6月鹿児島に赴き竪野および田ノ浦窯に従業、廃藩後も田ノ浦に留まっていたが、1875年(同八)奄美大島に渡り窯を大和浜に築いて製作、値が安いところから大いに... 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典
お話 粟生屋源右衛門 あおやげんえもん 九谷焼の陶工。加賀国小松(石川県小松市)の陶工粟生屋源兵衛の子。陶法を若杉窯の本多貞吉に学び、1822年(文政五)に小松で製陶を始めました。また江沼郡吉田屋窯および松山窯の主工でありました。天保(1830-44)の末、能美郡蓮代寺(小松市蓮... 2011.04.26 お話人物原色陶器大辞典
お話 志賀 しが 名物葉茶壺の一つ。もと珠光の養子宗珠が所持していたもので、葉茶四斤余りが入る。上釉が黒く底になだれ掛かり、下釉は青めで、大小二十の瘤がある。筑前国(福岡県)志賀山から発見したの志賀を銘とした。一名仕香茶壺ともいう。(『茶道辞典』) 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 韲坏 あえつき 野菜を盛る坏。『延喜式』(巻二四)五畿内諸国からの調貢品中にあります。二合(〇・三六リットル)以上入るとあります。蓋のあるものとないものがあります。 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 娃娃瞼 ああけん 中国清代康熙(1662~1722年製の磁器彩色に流行した紅色系統の一色の形容。娃娃は子供のことで、瞼は目の下・頬の上の意、また俗に顔面をいいます。すなわち子供の頬のあたりのように美しいです薄赤色の形容。鮮紅の一派で銅の呈色であります。(『飲... 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 アイボリ一陶器 あいぼり一とうき 象牙色に似せるために普通ボ一ルクレ一で着色したパリアン磁器の一種をいいます。また象牙色をしたやきもののすべてを称してもいます。 2011.04.25 お話原色陶器大辞典
お話 愛岐陶業同盟会 あいぎとうぎょうどうめいかい 愛知・岐阜両県下の陶磁器業者が、粗製濫造を防止するため1906年(明治三九)に組織したもので、1915年(大正四)頃には輸出品のためにまず素地土の統一が計画され、飛鳥井孝太郎らが中心にその運動の実現に努めました。明治の晩年からは各地に坏土調... 2011.04.25 お話原色陶器大辞典