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陶芸

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休斎 きゅうさい

文化・文政(1804-30)頃の近江国水口(滋賀県甲賀市水口町)の人。余技に陶器をつくり、休斎焼または水口焼の名があります。※みなくちやき
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久楽 きゅうらく

本名弥助、享和年間(1716-36)の人。近江国坂本(滋賀県大津市坂本)の木村平兵衛の七男でありましたが、千家に出入りし楽焼きを始め、赤楽に最もすぐれていましました。のち剃髪して啄元と号し八十三歳で没した⑩⑩二代弥助もまた父に劣らない巧手で...
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脚貨 きゃっか

中国景徳鎮では焼造品を選別して四段階に分け、その最下のものを脚貨と呼んです。釉沢が完全でないもの、謔折したもの、器辺の毀剥したものなどがこれに属します。(『陶説』)
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器遊斎 きゆうさい

大隅国(鹿児島県)竜門司窯の陶工川原種春(弥五郎)の隠居後の号。種春は名工で人物置物などに巧みでありましました。川原家に「大御隠居様より拝領隠居名器遊斎」の古記録があります。すなわち藩主島津栄翁重豪の命名によるものです。(『薩摩焼総鑑』)
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久録 きゅうろく

加賀九谷焼の陶画工。本名久六。金沢の人。嘉永年間(1848-54)鍋屋吉兵衛に陶画を学び、その製品は師の吉兵衛に似ています。のち九谷庄三の風を学び精緻な彩色金欄手をつくりましました。1877年(明治一〇)頃没、五十余歳。(『九谷陶磁史』)
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ギヤマン粉 ぎやまんこ

岐阜・愛知県地方の方言で珪石粉のことをいい、ギャマと縮めていうことがあります。またガラス石あるいはガラス粉とも呼ばれます。おそらく初めギヤマン(ガラス)の原料として需要があったからであるでしょう。
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韮菜辺 きゅうさいへん

中国で呉須の精良なものをいいます。焼成してもその色が散らないようです。そこで細器には必ずこれを用いるといいます。(『陶説』)
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虚 きよ

銘。モースはこれを伊賀国(三重県)の新次郎の部に入れ元和(1615-24)の頃と推定したおそらく虚は新次郎以後のものであるでしょう。(『日本陶器目録』)
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久 きゅう

銘款。化政期(1804-30)の京都の陶工久太のつくった急須にこの印があります。桜花の輪郭を有します。※きゅうた
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久山 きゅうざん

明治初年柴田久山が大阪付近に窯を起こし京都から陶工を招いて茶器をつくらせました。久山製の押銘があるものがあります。モースの評によりますと、その作は相当のE〈Wlt心趣味と技量とを示しているといいます。(『日本陶器目録』)