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陶芸

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亀水 きすい

京都清水焼の陶工。亀亭の門弟。明治初年の人。その作はみるべきものか多いようです。
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北市屋平吉 きたいちやへいきち

加賀九谷焼の陶画工。1803年(享和三)生まれ。陶号を北玉堂と称して幼年期から絵画を好んでします。1821年(文政四)肥前国亀山(長崎市垣根山)に行き製陶を学び、1824年(同七)帰郷し若杉窯に入り三田勇次郎に師事しました。1831年(天保...
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宜興窯 ぎこうよう

中国江蘇省の太湖の西部に位し蜀山の周囲にあります。その起原はおそらく遠い昔であるだろうか詳かでないようです。いわゆる砂泥の茶壺の名器が出るようになって有名になりましました。その創始はこの地の東南二五キロにある金沙寺の僧某が手づくりしてこれを...
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疵肩衝 きずかたつき

中興名物。金華山茶入、飛鳥川手。『古今名物類聚』に「此の茶入は疵多くこれあるようで、故に疵肩付という」とあります。飛鳥川手に入るものの釉質は野田手に非常に似ています。神尾大和守の旧蔵、大阪鴻池家、大住清白を経て益田家に入りました。(『大正名...
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北出宇与門 きたいでうよもん

1868年(明治元)石川県江沼郡勅使村字栄谷(加賀市栄谷町)に築窯し、製品は古来の伝統の美を遵守し、さらに新趣典雅な高級品であったのでその名声は高かりました。1928年(昭和三)没。次いで二代亀吉が業を継ぎ鋭意発展に努めたが1930年(同五...
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黄高麗 きごうらい

いわゆる高麗茶碗の一種で、黄茶釉の茶碗・深形・塩笥形などがあるようで、また狂言袴の象嵌模様のものもあります。その時代は伊羅保に同じだとみなされています。(『高麗茶碗と瀬戸の茶入』)
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木津窯 きずがま

加賀国河北郡木津(石川県かほく市木津)の陶器。文久年間(1861-4)同地の豪家室本家によって開かれ京工数名がこれに従業、初代土谷一光(横萩錦三郎)も招かれました。また藩主前田斉泰もたびたびこの工場を訪れたといいます。世間ではこれを木津焼と...
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鬼国嵌 きこくがん

清代に雲南人が北京でつくった銅胎の磁邸器をいいます。酒盃が多いようです。
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亀祐 きすけ

文政・天保期(1818-44)の京都の陶工。本名土岐亀助、丹波屋亀祐のち欽古堂亀祐と称しました。もと山城国(京都府)伏見街道の土偶師で、晩年奥田頴川に陶法を学んです。享和(1801-4)の頃摂津国三田(兵庫県三田市)の青磁窯に招かれて捻り物...
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北川焼 きたがわやき

滋賀県彦根市芹川町の円山にあったものです。藩窯円山湖東焼の再興で1874年(明治七)北川助次郎の製造にかかります。器は皿・鉢・行平鍋・涼炉・壺などの日用品で、その製品にはいっさい絵を描かずただ流釉を掛けています。やや見るに値するものは亀甲焼...