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畳付 たたみつき

茶入・茶碗などの畳に付くところすなわち高台部分をいいます。また点茶の際、水指の前に置き合わされた茶入の坐り具合をいい、畳坐りの姿が美しくて安定感があるのを尊びます。
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畳擦 たたみずれ

器物を畳の上で擦り動かしたために底部に生じた擦れ傷のこと。軟陶のものは畳の摩擦によって糸筋のような傷を生ずることがあるようで、器の底部糸切は鑑賞の対象として重要な部分なので、茶道具の底を畳に着けて擦り動かすことは茶人の非常に嫌うところであり...
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只天目 ただてんもく

天目茶碗の一種。群書類従本『君台観左右帳記』に「世間に多きものにて候これもころなり薬能候ぱ重宝に候」とあります。ただし東北大学蔵永禄古写本には只天目の記事はないようです。干利休は黄天目を女にたとえ只天目を男にたとえたといいます。天目七品の名...
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田耕焼 たすきやき

長門国豊浦郡田耕村(山口県下関市豊北町田耕)の磁器。北浦焼ともいいます。1854年(安政元)和田孫四郎の開業で、肥前の工人勇吉が創業に関係しました。1897年(明治三〇)当時の製品は手塩皿・茶碗・徳利・丼などの雑器でありました。(『府県陶器...
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田代紋左衛門 だしろもんざえもん

肥前有田の人。1842年(天保一三)に許可された久富与次兵衛に次いで外国貿易を許され、もっぱら弟慶右衛門らに当たらせたが、ひそかに貿易品を三川内窯につくらせ、これを有田で絵付して肥喋山春甫製の銘を付したので、同地窯焼業者は憤慨し、深海政之助...
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田代清治右衛門 だしろせいじえもん

福島県相馬市中村の相馬駒焼の創始者。初名五郎左衛門信清(五右衛門・源五右衛門ともある)。野野村仁清に学んでから清治右衛門と称したと伝えられます。相馬焼開創の年代には異説が多い子孫が継業して十四代に及んです。なお十一代清治右衛門為清は1867...
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田代助作 だしろすけさく

肥前有田の陶商。早くから外国輸出に注目し安政年間(1854-60)に長崎に支店を開き、1860年(万延元)には佐賀藩から有田磁器外国輸出の専売を許され、1866年(慶応二)フランス博覧会に輸出し、1868年(同四)中国上海に支店を設け、18...
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田代窯 たしろがま

肥前国松浦郡大川村大字東田代字甕屋(佐賀県伊万里市大川町東田代)の古窯。慶長(1596-1615)初年に起こり七年間で廃絶しました。壺・片口・茶碗・皿などを製し、透明黒緑色の釉薬が掛かっています。(『茶わん』四九)
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多志良加 たしらか

水を入れる瓶。祭祠の具で天皇だけが用いるものです。『延喜式』(巻二四)五畿内調貢品中にあります。一斗(18リットル)入り。
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多治見焼 たじみやき

美濃国土岐郡多治見村(岐阜県多治見市)の産ではありますが、元来この地は土岐・恵那・可児三郡諸村の陶磁器を集散し、むしろ陶商の地として名をなしています。それだけに東濃諸窯の製品を総称して多治見焼ともいいます。この地の陶業は1641年(寛永一八...