飯茶碗の粗製の呉須手の大形のもの。肥前国(佐賀・長崎県)の陶工五郎八の創製で、同手の他国他工作をもおしなべて五郎八茶碗と呼ぶという。五郎八は五郎七の舎弟で祥瑞五郎太夫の弟子であるといい、また五郎七の転訛ですなわち五郎七と同一人であるともいう。要するに五郎八茶碗は元和年間(1615~124)の肥前磁器の初期の作品であり、粗製の呉須手である。その頃までの世間一般の飯茶碗は、みちのくの秀衡椀などのように漆器の大形の腕であったが、肥前にこの五郎八茶碗が出てから磁製の飯碗が全国に伝わった。『考古学雑誌』四ノ四、『観古図説』『陶器集解』)※ごろしち