
大名物
付属物 箱 黒塗 金粉文字 書付
添状 二通 松平甲斐守筆
太田成休より佐々木九郎左衛門あて
所載 古今名物類聚
寸法
高さ:26.6cm 口径:1.7cm 胴径:7.8cm 底径:6.6cm 重さ:405g
この花入は利休所持として知られ、形は柑子口の大ソロリ、桃底で、高台付。
高台に波文様が彫られ、金色がかった銅色(あるいはこれは砂張であろうか)の味わいがたまらない。
柑子口が見られるとおり、鶴の嘴に鶴の立ち姿のようにも見られるので松平甲斐守の添状にも「初め鶴のハシといったのを鶴一声に改め天下無双の花入」と決めている。
そうして柳沢文書には、
一、太閤諸大名道具拝領に
猿の釜 古田織部
鶴一声 安国寺長老
といい、『土門源三郎日記』『松屋会記』には、「鶴一色、御物のよし、水戸公へ御譲り」とある。
ついで、
松屋久政日記十月廿八日朝
堺千宗易ニ而 紹佐、久政、正通三人
カウノ釜 細鎖ニテ
床ニ鶴ノハシ 塗板ニ置 花不入水ノマ、
高一尺ホト 紫銅
コレモ記録
淡交社本『茶道古典全集』第九巻「松屋久政茶会記」から「鶴一声」使用の茶会記を摘録すると、
九月十三日朝(天文六年)
一、京都与四郎殿へ、宗易事也 久政
大釜一、天目、ホソロニ花 鶴ノハシニテ
と記載している。
右によって、この「鶴一声」の伝来は安国寺恵瓊から利休へ、そうして柳営御物となって水戸家に伝わったと解せられる。
その他に御花師太田成休の消息も添えているが省略する。
唐物とあるが、このすっきりした上品な姿と、高台の波文様が伝統的な日本文様で、日本人の感覚にぴったり合致したこの作品が、どうしてあの荒げずりな茫漠とした大陸人の頭から湧き出たのであろうか。金の質は砂張か金銅製であろうが、造形の上の製作は日本人であるまいか。あえてこの疑問を打ち出して、諸賢の叱正をお待ちする。


